「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!」
ファルナの家の前には仮装した子供達が集まっている。
今日は年に一度のハロウィンだからだ。
「今年は腕によりをかけたパンプキンクッキーだよ」
「やったー!」
子供達ははしゃいだ。ファルナが作るお菓子は絶品だからだ。
ファルナは子供一人一人にクッキーを与えた。
「ファルナさん、クッキーを有難うございました」
子供達はファルナに礼を述べる。
「気を付けて帰るんだよ」
ファルナは子供達を見送り、家の中に入った。

「ふぅ……」
ファルナは額の汗を拭い、テーブルに置いてあるクッキーの残りを見る。
残りはあと一袋だ。
「あの子だけね」
ファルナは呟く。
村の子供達が帰ってからしか来ない女の子である。
ファルナが言った矢先に扉を叩く音がした。ファルナが扉をそっと開くと青毛の女の子が立っていた。
「お久しぶりです! ファルナさん!」
青毛の女の子はにっこりと笑う。
「よく来たね」
「だって、ファルナさんのお菓子は最高ですから、食べないとハロウィンが来たって感じがしないんです!」
青毛の女の子は両手を伸ばすと共に、背中の白い羽根も動かした。
青毛の女の子は天使である。
「立ち話も難だから中に入って、ラフィアの分のパンプキンクッキーあるから」
ファルナは言った。
村の住人の中には、人間を襲う黒天使と天使を同じように考える人もいるため、天使であるラフィアの姿を村人に見られるのはまずいと考えてだ。
ラフィアも村人を警戒してか、子供達が去った後にしかファルナの前に現れないのだ。
「それは楽しみです!」
ラフィアは元気良く言った。
ファルナに連れられ、ラフィアは家の中に入った。

ファルナはラフィアにパンプキンクッキーを詰め込んだ袋を差し出す。
「はい、これ」
「わぁ……有難うございます!」
ラフィアは嬉しそうに言った。
「良かったらお茶でも飲んでく?」
「喜んで!」
「席について待っててね、すぐに用意するから」
明るい返答に、ファルナは台所に行き紅茶を出す準備をする。
子供達と対応が違うのには理由があった。二年前、ファルナは黒天使に襲われている所をラフィアに救われたからだ。
そのお礼にファルナはラフィアにお菓子を振る舞い、ラフィアがファルナのお菓子をすっかり気に入ってしまい、年に一度のハロウィンの日には必ずファルナの家に訪れるようになったのである。
夫に先立たれ、子供がいないファルナにとって、村の子供達同様に、明るく元気なラフィアを見るのが楽しみになっていた。
「お待たせ」
ファルナは紅茶をラフィアに出した。ラフィアは紅茶の匂いをかぐ。
「いい匂いですね」
「アールグレイだよ、冷めないうちにどうぞ」
「はい、いただきます」
ラフィアはカップの取っ手を握り、カップに口をつけた。
「美味しいです!」
「なら良かったよ」
「パンプキンクッキーも食べて良いですか? 」
ラフィアは待ちきれないと言わんばかりの態度である。
「構わないよ、遠慮なくどうぞ」
「やったー! じゃあ頂きますね!」
ラフィアは袋を開き、かぼちゃ型のクッキーを一枚手に取り、口に運んだ。
ラフィアの表情はみるみる満足げなものに変わる。
「すっごく美味しいです! やっぱファルナさんのお菓子は世界一ですね!」
「そんな、大袈裟よ」
ファルナは苦笑いを浮かべた。
「あんたが嬉しそうに食べてくれるだけで十分だよ」
ファルナは心から言った。
自分のお菓子を食べて満足するなら、それ以上の幸福はない。
ラフィアの輝いた表情を見ると作って良かったと感じる。
ラフィアはパンプキンクッキーの袋を閉じた。
「もう食べないの?」
「残りはリン君やお母さんに分けるんです。ファルナさんのお菓子を独り占めすると罰が下りそうですから」
「ああ、そうだったね」
リンとはラフィアの幼馴染みで、母親は血の繋がりは無くても、両親を亡くしたラフィアを世話しているのだ。
ラフィアは席を立ち、ファルナの前に来た。
「ファルナさん、お体の具合どうですか?」
ラフィアは訊ねた。
美味しいお菓子を食べさせてもらったのでお礼がしたいらしい。ラフィアを含む天使は怪我や病気を治す癒しの呪文が使えるのだ。
「じゃあ、腰痛を治してくれないかな、この所酷くて外に出るのが辛いんだよ」
ファルナは背中をラフィアに見せる。
「お安いご用です!」
ラフィアは両手をファルナの腰に向けると、白い羽根を広げる。
「癒しの光よ、この者に安らぎを与えよ!」
ラフィアの呪文と共に、黄色い光がファルナの体に降り注ぐ。
光が消えるのと同時に、腰痛も消え去った。
「ああ、楽になったよ、ラフィア有難うね」
「いえいえ、天使として当然のことをしたまでですよ」
ラフィアは活気のある声で言った。

「ファルナさん、今日はお世話になりました!」
ファルナの前で、ラフィアは頭を下げる。
「最近黒天使の動きも活発だから、気を付けてね」
「黒天使はわたしがやっつけますから、心配いりませんよ」
ラフィアは曇りのない明るい声で言った。
そして背中の羽根を動かして宙を浮く。
「また来年のハロウィンにお会いしましょう!」
「元気でね」
「ファルナさんも、お元気で!」
ファルナは手を振って、ラフィアが空に帰っていくのを見届けた。
「家の中が静かになるけど、仕方ないわね」
ファルナは寂しげに言うと、家の中に戻った。
来年のハロウィンに何を作るか、思考を巡らせながら……


戻る

 

inserted by FC2 system