「エレちゃん、合格おめでとう」
  「ふふっ、照れくさいわ」
  アディスとエレンはジュースの入ったカップで乾杯をした。
  エレンが晴れて薬剤師の試験に合格し、就職も決まったのである。そのお祝いにエレンの自宅でアディスと一緒にパーティーを開いたのだ。
  二人はジュースを飲み、アディスから話し始めた。
  「スッピーも今頃、エレちゃんの合格を喜んでいるよ」
  アディスは頬杖をついてカップに入ったジュースを揺らした。
  「ここにあの子がいないのは寂しいけどね」
  エレンは窓の外を眺めた。
  スピカは二ヶ月前に討伐隊の宿舎に行き、一人前の隊員になるための訓練の日々である。時より来る手紙には訓練の大変さや、仲間ができたことなど、スピカの進捗が細かく書かれている。
  アディスはテーブルに並べられている料理に手を伸ばして、口に放り込んだ。
  「大丈夫だって、スッピーは強いから心配要らないよ」
  アディスは口をモゴモゴと動かす。
  「……そうね、アンタの言う通りよね」
  エレンは沈んだ表情を見せた。スピカが廃人だった頃の日々を思い出しているのだろう。
  アディスは知っている。エレンの苦悩を。
  過去のエレンは気丈に振舞ってはいたが、過労によって目元に濃い隈ができて、足元がふらついていた。
  勉強と家事だけでなく、スピカの世話までこなさなければならず、肉体的な疲れが蓄積し一時はベットの中から出られない事もあった。
 アディスは顔色が悪くなったエレンを見ていられず、彼女を病院に連れていき休ませたのだ。エレンが退院する間、スピカの世話をしたのはアディスである。
 「アンタにはずい分迷惑掛けたわね」
 「気にすんなよ、エレちゃんが元気でいてくれた方が良いよ、あんな疲れた顔を見るのは嫌だからな」
 アディスは堂々と言った。
 目の前には、健康そのもののエレンがいる。
 以前に比べ、同年代の女性らしく、肌も綺麗になり表情も生き生きしている。
 アディスはエレンの頭に触れた。
 「エレちゃんは頑張ったよ、もう幸せになっていいんだよ」
 突然の言葉に、エレンは頬を赤く染める。
 「それって、新しいナンパ?」
 「違うよ、エレちゃんが偉いから褒めてるんだよ」
 エレンは視線を泳がせた。余程恥ずかしいのだ。
 「……本心で言ってるの?」
 「当たり前だろ、オレはふざけてそんな言葉を口に出さないよ」
 アディスは性格上、誤解されがちだが、雰囲気を壊すことは決してしない。
 エレンには幸福な人生を送って欲しいのだ。
 「アンタもたまには良い事を言うのね」
 エレンはアディスの顔を見つめる。
 「オレは本気で言ったんだぞ」
 アディスは慌てて手を引っ込めた。
 「ごめん、アンタがあまり真剣な顔をしてたから驚いたのよ」
 「オレって軽く見られてんのかな」
 アディスは溜息をついた。エレンはカップをテーブルに静かに置いた。
 彼女の表情は穏やかだ。
 「……でも有難う、アタシ頑張ってみるね」
 エレンはお礼の言葉を述べた。彼女の顔は明るさに満ちており悲しみの欠片すらない。
 本当に未来に向っているように見えた。
 「ああ、頑張れよ、陰ながら応援してるからな」
 アディスは願った。エレンの進む道が、彼女の望む希望の世界である事を。

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