一人の男が目の前で殺害され、ギルドの店内は悲鳴と逃げまとう人々の叫びで一杯になった。すぐ近くで人が死ぬ光景は異常だからだ。
スピカは出口に殺到する人間に目をくれず、カウンターをこん棒で叩き割る。ガラスの破片が飛び散り、その一部がスピカの頬をかすめ、赤く細い線が浮かぶ。
だが、スピカは傷にも目もくれず、カウンターに飛び乗り、中へと侵入する。
ギルドの事務所内は机が乱れなく並んでおり、書類も丁寧に整理され、清楚な雰囲気が漂っていた。
十一人のギルド店員は、殺人犯のスピカを見るなり一目散に逃げ出した。
「逃げるなんて卑怯だわ、おまえ達は一人残らず裁く」
スピカは並んでいる机を足場にして疾駆した。そして近くにいた背の低い男性店員に
こん棒を頭上から振り落とす。
男はがあっ、と奇声を上げ、両手足を大きく広げて倒れ込む。
「これで一人目ね、次は何人殺れるかしら」
スピカは微笑みを溢す。目覚めた憎悪は止まらない。ギルドの関係者を全て抹殺するまでは。
「こん棒じゃつまらないから、短剣に変えよう」
こん棒を腰に差し、愛用の短剣に持ち変えた。つまらないと口走ったものの、親友の武器をこれ以上血で汚したくなかった。
親友は小さな傷でも、血が流れることを極端に嫌がりスピカに泣きついてきたほどだ。友の気持ちを考えると、こん棒に血を付けてしまった事が申し訳なかった。
これからは自分の武器だけで十分。
突然、机が真横から飛んできた。スピカは上に飛び回避し、机は大きな音を立てて壁に叩きつけられる。
人の気配を感じ、その方角を向くと、ディアが青ざめた表情でスピカを見ていた。
机を投げたのもディアの仕業だ。
「誰かと思えば偽善者のディアさんじゃない、丁度良かったわ」
格好な獲物を発見し、スピカは早足でディアに近づく、ディアは千鳥足で殺人者から逃れようとする。
途中で乱雑した書類に足を滑らせたり、机にぶつかるなどして、逃走に手間取ってはいたが、よほどスピカのことが怖いらしく、背を見せたままスピカの方を向こうとはしなかった。
息の根を止めようと思えばすぐにできるが、惨めなディアの有様を眺めていたいと思い、あえて生かしていた。いつもは真面目に対応するディアが、ここまで落ちぶれているのはある意味不幸だった。
……こんな腰抜けな奴にサヤは殺されたんだ。
スピカの怒りは心の中で増幅する。残酷に殺すために。
とうとう壁際に追い詰められ、ディアはスピカの方を向かざる得なかった。
「ひ……人殺し!」
ディアの罵声に、スピカは眉間に皺を寄せる。
「何度でも言うがいいわ、わたしはね歪んだシステムを変えたいのよ、お前達のような卑怯者を葬れば、弱い者が泣きを見て、強くてずるい奴が笑う世の中はきっと変わる。
例え変わらなかったとしても、わたしは今日行った事を後悔しないわ」
スピカは毅然とした態度だった。ギルドの店内で人の命を殺めてしまったことは決して許されることではない。今回の事件で多少でもギルドが良い方向に変わることが何より望んでいる。
ディアと話していたため、四方八方から四人の男が飛び掛ってくることに気付くのが遅れた。武器を一切持たず、単にスピカを取り押さえたいだけのようだ。
ディアは満足げに微笑んでいた。ざまあみろと言わんばかりに。
……笑った事を後悔させてあげるわ、卑怯者。
スピカは身構え、男達が手を伸ばせる距離に縮まったのを見計らい、スピカは体を一回転した。男達の首から鮮血が噴出し、悲鳴を上げる事も無く息絶えた。
死体と化した男達を横切り、次の獲物へと近づく。ディアは生々しい同僚の死を目の当たりにしたためか、微笑みから一転し表情が凍り付いている。
「あなたは人の形をした悪魔よ、人間を簡単に殺すなんて人がやることじゃない」
ディアは声を震わせた。
「その言葉は否定しないわ、今のわたしは人が死んでも何も感じないの……悪いわね」
スピカはディアの前に近づき、冷たく言い放つ。
憎しみが強くなりすぎて、相手の痛みと恐怖が分からなくなっていた。数多くの人の人生を奪ったのは理解しているが、心は重い負の感情に支配されているのだ。
サヤを失った悲しみ。無神経なギルドの対応。それらが積もりに積もってこのような惨劇を引き起こしたのである。
「あの世でサヤに謝って、あなたを殺してしまってごめんなさい……ってね」
スピカは躊躇うことなく、ディアに短剣を振り上げる。
と、その時だった。
乾いた音が三回響き、スピカの背中に鋭い痛みが走り、急に意識が遠のいてきた。
短剣を持っていられず、地面に落とし、瞼が開けていられないほどに重くなる。
「……なに……これ……」
スピカは近くにあった机に手をかけ、かろうじで足元を支えた。机の上にあった書類が音を立てて落ちる。
音からして何物かに背後から銃撃されたのだ。それも麻酔銃を。
背後から複数の足音と警察だ武器を下ろせ! という怒号が近づいてきた。
ギルドから逃げた人間が警察を呼んだのだ。事件を起こしたのだから賢明な判断とも言える。
スピカは後ろを向くと、手に拳銃を握る少年がいた。
少年の顔は視界がぼやけて見えない。
立っていられず、スピカは地面に倒れると、少年が駆け寄ってスピカに言う。
「なんて馬鹿な事をしたんだい、お姉さま」
そこでスピカの意識は闇の中へと吸い込まれていった。
その声は、スピカが捜し求めていた弟に似ていた。
7 戻る 9