ねえ、サヤ
あなたが今のわたしを見ていたら
スピカやめて、こんな真似しないでって泣いてわたしを止めるわね。
あなたは誰よりも優しいから、人の痛みが分かるから
わたしの愚かな行いを正そうとするでしょうね。
でも
わたしはあなたとは違う。
あなたを傷付けたり、泣かそうとする者がいるならば
誰であろうと容赦しない。
あなたの命を奪った元凶は滅ぼしたいの。
あなたのような犠牲を出さないためにも
スピカは道中、住民から冷ややかな目線を浴びる。
無理もなかった。彼女の服は血によって穢れたままなのだから。住民の中には血を見て失神する者もいたが、スピカは足を止めなかった。
今のスピカはギルドに対する憎しみで一杯だ。住民を思いやっている余裕はない。
やがて、黄色い屋根に肌色の壁、窓が四つある建物に辿り着いた。
『ギルド・しろばね』
赤い文字で看板にはそう書かれている。スピカとサヤが常に利用していたギルドだ。ここがなければ、生活の収入もないし、サヤと出会いもなかった。
極端な話、スピカにとっての命綱とも言える。
だが、サヤが亡き今となっては、友を奪った殺人を依頼した元凶にしか見えない。
「サヤ、ごめんね……先に謝っておくわ」
足を止め、スピカは空を見上げて友に謝罪する。表情は固いままだ。
空は青空が広がり、細い白い雲が水のように流れている。この空を見てサヤは嬉しがっていた。今日の仕事は絶対上手くいくね。朗らかに言ってサヤは微笑む。
午前中のサヤの笑顔は、午後になった今では永遠に見られない。心が痛いと叫び声を上げる。もし時間を戻す魔法がこの世にあるならば、昨日に戻って違った任務を受けようとサヤを説得する。衝突しても、絶交だと言われても我慢する。
この惨劇を知っているし、友を死の運命から守れる。
「……馬鹿ね、想像なんてしてもサヤは戻ってこないのに」
スピカは頭を振り甘い空想を捨て、再び歩き出し扉を潜った。客が来た事を知らせる鈴が軽快な音を鳴らす。
店内は任務を求め、男女混合で賑わっていた。
スピカは回りに目をくれず、一目散にカウンターへと向う。
道を歩いていた時には感じなかったが、じわじわと憎悪が心の奥底から湧き上がっていた。
「いらっしゃい……っ!!」
カウンターには灰色の髪の男が座っていた。スピカの血塗られた服装を見るなり、顔色が真っ青になった。
「ど……どうしたんですか? その格好……」
男の何気ない質問でも、スピカの苛立ちが増幅した。良く見ると彼はギルドに入って間もない新人で、大量の血痕が付着した服に免疫がないのである。
スピカは怒りのあまり、こん棒を振り上げて、カウンターに叩きつけた。
大きな音を立て、叩かれた場所は割れ、木の破片が飛び散る。
「お前じゃ話しにならない、奥から経験豊富な担当者を呼んで来なさい」
「は……はいっ!!」
男は椅子から転げ落ちていたが、スピカの顔を見るなり、素早くカウンターの奥へ走った。
女性らしさを欠いた荒い行動に、周囲の人間はスピカを冷たい目で見る。
スピカは視線がする方向を一度睨みつけた。そんな目で見るな、という意志を込めて。
負の感情が今にも爆発しそうだ。理性で抑えてはいるが、些細なきっかけで破壊され
周囲の人間に危害を加えるだろう。
だがスピカは必死に抑えた。サヤが死んだ理由を知りたいからだ。
「お待たせしました」
柔らかな声が鼓膜に響き、スピカは視線をカウンターに戻す。
艶のある赤紫色の髪、青色の瞳、丸い顔の女性が目の前にいた。
女性の名はディア、スピカが度々世話になっている店員だ。
「申し訳ありませんね、不愉快な思いをさせて」
「いえ、彼の責任ではありません、だから彼には後で謝っておいて下さい」
スピカはディアに突っかかるような口調で言うと、服のポケットから依頼書を出した。
「このギルドは三人の仲間だと偽り、敵を差し向けた最低な任務を与えたので苛立っていた。悪かったと……あとこういう風に言っておいて下さい、その任務が原因で友達が無残な殺され方をしたと」
自らが破壊したカウンターに手を置き、スピカは起きた事を説明した。
表情を変える事も無く、ディアは万年筆で話の内容を書き記す。
ディアは顔を上げ、口を開いた。
「要約しますと、我々が与えた任務によってあなたのお友達が死んだと言いたいのですね」
「三人の仲間が敵の一味だったというのも忘れないで欲しいです。手違いにしても酷すぎます。こんな事を二度と起こさないで貰いたいです」
スピカは率直に気持ちを言った。負の感情が爆発しそうな心境を誰にも味わって欲しくない。自分だけで十分。
もし、ギルドのシステムに不備があったのならば改善すればいい。
ギルドも人間が作ったものだから完璧ではない、失敗もある。今回の件で欠けていた穴が埋まればそれでいい。
ギルドの店員と話すまでは一方的に憎んでいたが、話している内にギルドへの要望が沸いていた。
だが、ディアの答えはスピカの思いから、大きく離れていた。
「貴方は何か勘違いをしていますね、依頼を紹介するのは我々の責任ですが、それ以外のことは自己責任ですよ」
ディアは小ばかにしたように話した。何とも腹正しい言い方である。
スピカの憎悪の欠片は心の中から外に飛び出す。
「友達はそちらから無料で三人手配してくれたと言っていたんですよ? 手配する人物の経歴を調べるのも義務じゃないのですか?」
「無料ではどんな人物になるかは保障できないんです。有料ならばしっかりとした人物を紹介するんですけどね……あなたのお友達のことは気の毒ですが、断らなかったお友達の責任ですね」
要はこういう事だ。タダであればどうでも良い、お金の払える人間ならば相手にする。
紙にも『盗賊退治に適する三人の強力な仲間が無償でついて来ます』と書いてある。断る事も出来ただろうが、戦力を考えて仲間を加えたのだ。
自分たち金銭的な余裕は無い、なのでお金をあまりかけたくないのが本心だ。お金が一切掛からないシステムが有り難いとさえ思った。
弱い者達の気持ちを考えず。強い者達が有利になる。
与えるだけ与え、自分達は責任を取らない。
ふざけるな、こんなふざけた話があるか。
―――サヤ、聞いてる? わたし達が信じてきたギルドの実態がこんなにも無責任だったなんてお笑いだわ。怒りを通り越して呆れるわ。
スピカは下を向いて黙り込んだ。
本当ならばギルドに着いた途端に破壊しようとしたが、僅かに残っていた理性によって食い止められ、ギルドの店員と話し合った。しかし無責任なギルドの実態を目の当たりにして、理性が急速に飲まれていくのを感じた。
抑えられていた憎悪が壁を破り、スピカの心を染めてゆく……
……この場を破壊するのがお前に課せられた使命だ。さもなくばお前のような思いをする者が増えるぞ? 壊せ、そして全てを無に帰せ。
スピカは声に従い、こん棒を両手に持ち替えた。
―――もう許さない。どんなに謝罪しようが……絶対に……
理性は完全に闇の中に葬られた。もうギルドを木っ端微塵に破壊するまで元には戻らない。
スピカの後ろからは、若い男が近づいてきた。
「おい、あんたそこを退いてくれないか?」
男はカウンターの前に立ちふさがるスピカに注意を促す。
この場所以外にカウンターもあるがどのカウンターも行列待ちで、唯一空いているのがスピカのいる場所だけである。
しかし、スピカはずっと黙り込んだまま動かない。
「こっちは急いでんだよ、頼むから退いてくれよ」
男は苛立ち混じりに口走った。次の瞬間、男は何が起こったかも分からずに来世へと旅立つことになった。
男は頭から鮮血を流し、大きな音を立てて、地面に転がった。
スピカのこん棒には男の返り血が付着する。
「……サヤ、遅くなったけど約束どおり全てを壊してあげる。だから見守っててね」
スピカは低い声で囁いた。これから起こる惨劇のために。
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