静まり返った街、昼間は人でにぎわっているが、夜になった今は人気がない。
 明かりのない細い道を、二人の男女は歩いていた。
 「どうしてあんただけなんだろう……」
 エレンは呆れた表情で、隣で歩いている少年に訊ねた。
 「いいじゃん、人数が多くない方が目立たないし、スッピーを助けるならオレだけで十分だよ!」
 少年は微笑んで、エレンに親指を立てる。
 ボサボサの茶髪に、緑色の瞳、エレンよりも背が高い。彼の名はアディスという。
 アディスも賞金稼ぎで、スピカとよく一緒に行動している。性格は話し方からしてとても明るい。
 ちなみに「スッピー」というのはスピカのことである。アディスは仲が良くなった女の子を、変な呼び方をすることが好きなのである。
 エレンはアディスから視線を反らし、額に手を当てた。
 「あんただだけから余計に心配なの、相手は二十人も殺している相手なのよ? 他にももっといなかったのかしら……」
 エレンは力の無い声で言った。
 ギルドで何人か連れて行きたいと要望はしたが、大勢で行くと目立つという意見から、少人数で行動するという方針になった。
 もう一つの要望である強い人物は、三人ほど候補がいたものの、契約の際には高額なお金を取られるということで却下となった。この時ほどお金があって欲しいと思ったことは無い。
 アディスはスピカの知り合いとあって、無料でエレンについて来ることになった。スピカの話では、アディスは性格を除けば剣の腕が良く、とても頼りになるという。
 それでもエレンは不安で仕方なかった。どれだけアディスの腕が良くても、強大な敵が相手だからだ。
 二人の足は確実に塔へと近づいていた。それにつれてエレンの不安も高まる。
 「心配いらないって、どんな相手だろうがオレがやっつけてやるよ!」
 「もう少し緊張感を持ってよ、下手すればあんた死ぬかもしんないのよ?」
 陽気なアディスに対し、エレンは神経が高まっている。
 「カリカリすんなよ、一日に一回牛乳飲んでる?」
 「今はそんな話している時じゃ無いでしょ? 空気読んでよ」
 「エレちゃんがそんな顔してたんじゃ、スッピーばかりじゃなくてオレだってびびるよ、強敵が待っているのは分かるけどさ」
 アディスは指摘した。緊張しているためかエレンの顔は曇っており口調が厳しくなっている。
 ……あたしだって好きでカリカリしてる訳じゃないのに。
 アディスの意見にエレンは傷ついた。友達がどうなっているのか、心配で仕方無いのだ。死んでいるかもしれない、死を免れても酷い怪我を負っているかもしれない。
 友達のことを心配するのがそんなに悪いのか。
 「あんたには大切で命をかけて守りたい人はいる?」
 エレンはアディスの前に立ち、彼を見つめる。
 その問いに、アディスの視線は泳ぐ。
 「それを言われると厳しいかな、オレより年の離れた兄貴はいるけど仲悪いし、恋人なんていないし……あ、ダチはいるかな一緒に吊るんで楽しんだ。時には馬鹿騒ぎしたり、嫌になることもあるけど、失いたくないんだ」
 しばらく考えた末、アディスは答えを言った。
 アディスは人見知りしない性分のため、幅広い年齢層とすぐに仲良くなれる。酒場屋で男友達と大騒ぎしているのを、スピカと共に目撃している。
 アディスにとって友達は財産でもあるのだ。
 「あんたにもいるんじゃない、あたしと同じように守りたい人」
 「多少違っても、エレちゃんと持ってんのは同じか……いいなそういうの」
 エレンは人差し指でアディスを差す。
 「そうでしょ? あたしがカリカリしている理由分かった?」
 「オレがダチを失いたくないのと同じだよな……ごめん、エレちゃんの気持ち考えてなかった」
 アディスは否を謝罪した。少し考えを巡らせればエレンの切羽詰まった気持ちを理解できると思った。
 アディスは常に前向きなため、その分、負の部分に向き合うことがあまりない。エレンの会話を通じ、自身にある弱さを痛感した。
 人との絆は何物にも変えがたい宝で代わりはない。失うととても悲しい。
 「分かれば良いのよ」
 エレンはぎこちない笑顔を見せた。
 「大分時間を食ったわね、急ぎましょう」

 一方、スピカは腕や足に傷を負い、立つのも辛くなっていた。
 傷口からは鮮血が流れ、痛みが伴う。
 「く……っ……」
 スピカは足を引きずり、後ろに下がる。
 ハンスの強さは想像以上で、スピカの力だけで勝つことは困難だ。
 「図太いね、傷だらけの体で立っていられるなんて根性があるよ」
 ハンスは黒いマントをなびかせて、ゆっくりとスピカに近づく。
 傷を負っているスピカにとって、ハンスが近づいてこられるのは恐怖以外の何物でもない。ハンスが恐ろしい存在だと感じるのは初めてだ。
 「強く……なったわね……ハンス」
 スピカは痛む体に鞭を打ち、足を動かす。
 ハンスが追い詰める存在になったのは喜ばしいことでは無いが、彼が成長したことは確かである。
 「当たり前さ、闇の集団では弱い奴は死ぬんだから、強くならなきゃいけないんだよ」
 「強いなら……もっと他に力の使い方があるじゃない……どうして人を傷つけることにしか使わないの?」
 スピカは疑問を投げかける。
 レリィアを何のためらいもなく殺め、家族であるスピカに傷を負わせても、ハンスからは反省の言葉も無い。
 闇の集団による悪影響によるものだが、人としての心を失っているようで悲しかった。
 「答えは簡単だよ」
 ハンスはスピカの目の前から突然姿を消し、次に姿を現した時には、スピカの真横から現れた。スピカは短剣でハンスの剣を受け止める。
 鉄が擦れる耳障りな音が響く。
 「弱い者をねじ伏せて、強い人間だけが生き残る世界を作りたいからさ……そのためにもお姉さま、あなたの力を貸して欲しいんだよ」
 「それがわたしと十一年ぶりに再会した理由なの? あなたとは早く再会したかったわ、もっと違った形でね」
 スピカは剣をはじき返し、ハンスはよろめいた。その隙にスピカは全身に力を込め、ハンスの剣を攻撃した。
 ハンスの剣はひびが入ったと思いきや、真っ二つに折れ、刃先は空中で回転しどこかに飛んでいってしまった。
 今の攻撃で力を使いきり、スピカは地面に倒れた。
 「わたしは悪に加担したくないわ……弱い者をねじ伏せる暇があるなら……笑顔のために使いたい」
 スピカは苦しそうに呼吸しながら、ハンスに訴える。
 十一年振りに再会したのは良いが、その過程で数多くの命を奪うか、人を傷付けるなど、あまりに後味が悪い。
 闇の集団に入るくらいなら、レリィアと同じように死んだ方がマシだ。
 「ハンス……あなたの剣は折ったわ……もう争いは止めましょう」
 スピカは真剣な面持ちでハンスに言った。
 ハンスの命を奪う気はない、彼の殺人を止めたいのだ。人の命を奪っても何も得られない、相手の未来や希望を踏みにじるだけだ。
 賞金稼ぎの仕事はもはや関係ない、家族の一員として心の底から彼の改心を望んでいる。
 真っ二つに折れた剣をハンスはしばらく見ていたが、諦めがついたのか、地面に投げ捨てる。
 「私が素直に言う事を受け入れるとでも思ったかい? 私はね知ってるんだよ」
 ハンスは冷ややかな笑みを浮かべ、スピカの言葉を拒絶する。
 「四年前に、お姉さまが引き起こした事件をね」
 その言葉を聞いた途端、スピカの表情は一気に真っ青になった。思い出したくない記憶が掘り起こされる。
 普段は意識して思い出さないようにしているのだが、肉体の損傷と、悪友の死という二つの重荷が、記憶の扉を緩くしていたのだ。そしてハンスの言葉が扉を開く鍵となったのだ。
 ゆっくりと、スピカの記憶は四年前へと戻っていった。
  
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