「遅いわね」
冷えていく食事を前に、エレンは溜息をつく。
一緒に住んでいる友達・スピカを待っているのだが、未だに帰ってこない。
「仕事も良いけど、待たされる身にもなってよね」
 エレンは不満を漏らす。
 二年前にスピカと任務の中で出会い、魔物との戦いによってエレンが傷を負った際に、スピカが救ってくれた事をきっかけに、友情が芽生え、エレンは任務の際に帰る場所を失い、スピカに「一緒に住まない?」と誘われ、共に住むことになったのだ。
 エレンは薬剤師を目指すために、日々勉強している。スピカのために作った料理の中にも、免疫を高める薬草、体力をつける薬草などを入れている。スピカが使用した体力回復の薬草もエレンが調合したものである。
 夜遅くまで勉強している影響か視力が悪く、眼鏡は欠かせない。
 いつもならスピカが帰って来る前に布団に入るが、この日は妙な胸騒ぎがして眠れなかった。
 エレンは席を立ち、近くにある四角い窓から空を眺めた。紅い月が不気味な輝きを放っている。
 「……嫌な予感がする。変な任務でも請け負ったのかしら?」
 いてもたってもいられず、エレンは身支度を整え、急ぎ足でスピカが通っているギルドへと向った。
 
 ギルドの内部は柄の悪い人間が多い、夜の時間帯でも同様だ。
 体中に傷を持った中年の男、酒を飲んで真っ赤になった若い女、些細なことで喧嘩をして、ギルドの従業員が止めに入っている。
 全身を黒いマントで身を隠し、エレンは受付へ真っ直ぐに歩いた。ギルドの連中には関わりたくないのだ。エレンはたまにここへ来るがそれはスピカが帰ってこない時に限る。
 エレンのような一般人でも、柄の悪い人間の多い場所はご免だからだ。
 ……こんなロクな連中ばかりなのに、よく我慢しているわね、もっとましな仕事に就けばいいのに。
 エレンは友達が可哀想でならなかった。スピカから聞いた話ではこのギルドで男三人に絡まれ、卑猥な言葉を投げかけられたり、時には暴力を振るわれ全治一ヶ月の怪我もしたこともある。
 それでもスピカは賞金稼ぎの仕事から身を引かない、その理由をエレンは何回か聞いた事があるが、スピカは決まって答えを濁すのである。
 エレンは受付に辿り着き、頭のマントを外す。
 「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
 エレンが声をかけると、奥から金髪の若い男が姿を現した。
 「どういうご用件でしょう?」
 「あの、スピカ……いえナンバー1213がどんな任務を請け負っているのか教えてもらえないでしょうか? 彼女の親戚に危篤の知らせが入ったのでどうしても彼女に会いたいんです!」
 エレンは早口で嘘をついた。
 「それは大変ですね、少々お待ち下さい」
 金髪の男は顔色を変え、大きな本を取り出し、ページを捲る。
 数ページ捲ると手を止め、エレンの方に向き直り、厳しい口調で言った。
 「失礼ですが、あなたはスピカさんとはどのような関係ですか?」
 「一緒に住んでいる友達です。一体どうしたんですか?」
 男は本を閉じ、エレンを見据える。
 「スピカさんにしっかり伝えておいて下さい、ギルド一悪評高いレリィアとは早く縁を切った方がいい、このまま長々と付き合えば人生破滅すると、彼女が声をかけても、依頼を押し付けても無視して下さいと」
 ”レリィア”の名にエレンは灰色の瞳を丸めた。
  レリィアは各ギルドから入店禁止を食らうほど評判の悪い女で、彼女から借金を背負わされた人間は自殺し、またある者は彼女によって恋人を奪われたと聞く。
 スピカがレリィアと関わり痛い思いをしているので、一度厳しく注意したのだが、スピカには届いていなかったようだ。
 ……あの子ったら一体何考えてんの?
 エレンは怒りのあまり手が震えた。同じ女から見ても、最悪な人間に友達が関わっているのは許せなかった。
 「じゃあスピカは、ギルドが用意した依頼ではなく、レリィアが用意した依頼を請け負ったのですか?」
 エレンが聞くと、男は重々しく首を縦に振る。
 「同僚が止めたのですが、レリィアが提供した依頼の高額さにスピカさんが依頼をそのまま引き受けたのです……止められなくてすみません」
 男が謝罪した直後に、エレンは男の両肩をしっかり掴んだ。
 「細かい事はいい、彼女は今どこにいるんですか!?」
 エレンは興奮交じりに質問した。その際、体を覆っていたマントは下に落ちる。
 「東にある廃墟の塔です。まさかだと思いますがあなたも行く、なんて言うんじゃないでしょうね?」
 男の表情は不安な色へと変わる。
 「行くに決まってるでしょ!? スピカに会って悪評女に永久に関わるなってはっきり言ってやるんだから!」
 エレンは自分の発言を忘れていた。友達が危険に陥ると、後先を考えられなくなるのだ。
 「悪いことは言いません、行かないほうが良いです。例え親戚の危篤であってもです」
 「どうして!? まさかあんたまでレリィアの味方だなんて言うんじゃないでしょうね!?」
 エレンは興奮のあまり、敬語からいつもの口調になった。大声に周囲にいた人間が彼女に目線を注ぐ。
 男は恐る恐る言った。
 「あそこには、最近街を恐怖に陥れている殺人鬼が潜んでいるんです。スピカさんは殺人鬼退治に向かったんです」
 「殺人……鬼?」
 エレンは男の肩を離し、声を絞って呟く。
 知らないはずがない、街の人間を二十人殺し、警備隊ですら手に負えないとされている犯罪者である。
 危険人物を退治するために、スピカは単身で乗り込んだのだ。死亡する確率の高い任務を与えたレリィアに対し怒りが沸き上がる。
 「あの女……会ったらただじゃおかないんだから! 」
 エレンは音を立ててテーブルを叩く。
 殺人鬼がいようが、過去にスピカが助けてくれたように、今度は自分がスピカを助けたいと思った。
 「ギルドの中で一番強くて腕の立つ奴を教えて、そいつ等と一緒に行くわ」
 
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