昔々、二つの光がありました。
一つは聖なる輝きを
もう一つは闇の輝きを持っていました。
神様は二つの光に言いました。
もし光が支えきれなくなったら闇を注ぎ
闇が強くなりすぎたら、光を注ぎなさい。
困ったらお互いを支える事
どちらも光になってはいけないし、闇になってはいけない。
同じになったら世界が滅んでしまうから。
お互いが違っているからこそ、支えあえる。
神様は二つの光にそう告げたのです。
それぞれの星が瞬きを増しす中、二つの影は剣を交え、まだ戦っていた。
会話に華を咲かせて……
「ギルドで暴走した際の気分はどうだった?」
ハンスは横に切り、スピカは空中に回転する。
スピカは静かに地面に着地した。
「とても後悔しているわ、なんて馬鹿なことをしたのだろうって、もし今のわたしがいたのなら、顔を一発ぶん殴って叱り飛ばしたいわ」
過去の古傷に触れられ、スピカはハンスに苦笑いを浮かべる。
「はぐらかすのが下手だね、本心では怒り狂ってギルドの全員をぶち殺して、ギルドのシステムを破壊したかったんだろ?
今はどんな感じだい?」
ハンスはスピカから距離を取り、額の汗を拭う。
「満足よ、昔のギルドと違って待遇もいいわ、間違っても暴走なんかしたくないわ!」
スピカは力強く言った。
今のギルドは無料であっても、ギルド側が人物の審査をし、少しでも問題があると判断すれば排除し、安全な人物を雇うことが可能になった。
お陰で、円滑に任務を遂行する事ができるようになったのだ。
万が一ケガや病気によって治療が必要になったとしても、全額負担してくれるなど、温かみにあふれている。
「そういうあなたはどうなのよハンス……まさかだと思うけど些細な事が原因で暴走したことがあるの?」
ハンスは薄っすらと微笑み、髪をかき上げる。
彼にもスピカ同様に暴走した経験があるようだ。
「……私たちは双子だからね、お姉さまの暴走を見て血の繋がりをつくづく恐ろしく感じたねぇ、私は組織の奴等と一緒にバーに行った時にジュースだと思って飲んだのが、実はお酒でさ、溜まりに溜まった不満が爆発してバーの内部を滅茶苦茶にしたよ、怪我人も出たし、弁償するのも大変だったよ」
「わたしよりもましじゃない」
スピカは穏やかに言った。彼の行いは決して褒められたことでは無いが、死人が出なかっただけでも、スピカの行いより救いがある。
「お酒が入ったからね、まともに剣を振るえなかったんだよ、本当ならばムカつく上官に思い知らせてやりたかったんだよ、その後上官には厳しく注意されるわ、給料が減るわでしばらく生活が苦しかったな……報復も限度を越えると自分に跳ね返るねぇ」
スピカは口を閉ざした。前のギルドに憎悪を抱き、歪んだシステムを変えたかった。
その裏腹で、相手の立場を崩壊させてやりたいという願望も渦巻いていた。しかし行動を起こして得たものは一つも無い。
街に永久に入れなかったばかりか、サヤの墓参りすら叶わない夢なのだ。幸いにもサヤが飼っていたケイトは優しい里親が引き取って、子猫と共に育てているそうだ。
二人は戦いを放棄し、お互いのことを話していた。
「わたし達は流石に双子ね、やる事なす事がそっくりだわ」
「ふふふっ、同感だね」
ハンスは「おっとそう言えば」と会話を続ける。
「……そういえばさお姉さまは怒りの感情が沸きあがると、おかしな声が聞こえたことは無い?」
スピカは紫色の瞳を細め、軽く頷く。
「あるわ、聞いた事の無い声だったわ、聞いている内に段々と負の感情が心をぶち破るくら
いに膨れるの、あの事件を期に怒りの感情を極力抑えるようにしたのよ」
事件を引き起こして以来、スピカは我慢することが多くなった。悪事を重ねるレリィアにも不満をぶつけられなかったのもそのためである。実はハンスに対し怒りを爆発させた時も、小さいながらも声が聞こえてたのだ。神経を集中し、怒りの感情を抑え込んだのである。
ウィルを傷付けたハンスの行いは許せないが、再び暴走することを恐れ、感情を完全に露にできないのである。
だが、スピカは今言ったことを、後悔する事になる。
「お姉さまは剣の腕は良いけど、敵に私情を出すのが欠点だね」
ハンスが不敵に微笑むと、空気のように姿を消す。
数秒も経たない内に、スピカの真後ろにハンスが現れた。
……しまった! 油断した!
スピカが気づいた時には既に遅かった。両腕を羽交い絞めにされ、首筋には剣が突きつけられた。スピカは己の愚かさを呪った。
「ハンス……あなた」
「心配要らないよ、さっきも言ったけど殺す気は無いね」
一ミリでも動けば剣が喉を裂く。命の危険にさらされ、スピカは生唾を飲み込む。
スピカと同じ紫色の双眸が、怪しい輝きを宿す。
「面白いよね、自分とは別の声がするなんてさ」
「あなたは良いわよね、何でも面白おかしく感じるんだから……わたしは怖いわ、以前は声なんか聞こえなかったのよ」
スピカは憂鬱な面持ちで言った。
命を落とす不安と、不気味な声で心はモヤモヤしている。
「そりゃそうだよ、お姉さまの中に取り付いた”デモートの塊”は大きくなるのに時間がかかったんだから」
聞きなれない単語に、スピカは瞳を丸くした。
「デモート……何なのそれ……?」
「はるか昔に、地上の人間を沢山食らい恐れられてきた怪物の事さ、英雄・クリスによって封印されたんだとさ、地上に出て悪さをしないようにね、それも大きな箱に鍵を何十も付けて悪しき心を持つ者が封印を解かれないようにしたんだよ、さて問題です。私とお姉さまは一度その箱を見た事があります。それはどこでしょうか?」
スピカはハンスが言いたいことを、脳内を高速回転させて考える。
封印、鍵、箱……ハンスの言葉がスピカに一つの答えを示す。
「……まさか、わたし達が小さい頃に家の中を探索して、地下室で見つけた不気味な箱がデモートの眠っている箱だったの?」
スピカの問いかけにハンスは「正解」と機嫌よく言った。
双子の姉弟が五歳の時、広い家を一緒に探検するのが一番好きな遊びだった。
両親の目を盗んで入ってはいけない部屋に入ったり、父が購入した綺麗な宝石や貴重な剣を見たりと、二人にとっては楽しい一時だった。
そんなある日のことだった。地下室に侵入し、鍵が幾つもぶら下がった箱を見つけたのだ。
父が「決して触れてはいけない」と厳しく禁じていたが、好奇心に負け、鍵をこっそり持ち出して開いたのである。
最初は何とも無かったが、しばらくすると真っ黒い渦が双子に襲い掛かり、二人揃って意識不明に陥り、三週間後にスピカが目を覚まし、それから三日後にハンスが目を覚ましたのである。
その後、きつく両親に叱られた事を除いては、健康に問題はなかった。
だが、相次いで災難が降り注いだ。ハンスが飼っていた小鳥が死に、両親までもが他界し、ハンスとは生き別れになってしまった。まるで箱から災いが溢れだしたように……
「お父様も馬鹿だね、あんな物騒な箱を買うなんて、闇の集団に狙われているとも知らないでさ、私の性格も塊の影響で捻じ曲がったんだよ」
「奴等があの夜お父さんとお母さんを……そしてわたし達を引き裂いたのね?」
「そうさ、全てはあの箱が原因なんだよ、あれさえ無ければ家族はバラバラにならないで済んだのにねぇ」
ハンスは悲しさを交えて呟く。
過ぎた事を悔やみたくなかったが、箱を開けるんじゃなかったと痛感した。ハンスと離れ離れになるだけでなく、怒りの感情をむき出しにするだけで、自分の意志とは関係なしに憎悪と殺意が膨れ上がる。
鍵付きの不気味箱……いや双子に取り付いたデモートは、家族だけでなく、双子の姉弟の運命をも滅茶苦茶にした疫病神だ。
何の前触れも無く、双子の心臓が同時に突然高鳴り、二人は同じ方角を向く。
音も気配も無く出現した一つの影が静かに双子の前に佇んでいた。
夜に輝く白銀の髪、赤く燃える瞳、黒服に身を包んだ背の高い男が双子を見据える。
「ようやく舞台の駒が揃ったな」
その声は、背筋が凍りつくほどに冷たかった。
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