ラフィリスはエレンの後輩だった。エレンが通っていた学校で出会ったのである。
 薬草の名前を短期間の内に覚え、エレンと共に薬剤師を目指していた。スピカと女三人でよく食事をとっていた。
 彼女の笑顔は常に輝いていたのを、スピカはよく覚えている。
 ラフィリスは表情を変えぬまま、近づいてきた。一年ぶりに見る丸い顔は、別人のように冷たい。
 「お久しぶりですね、エレン先輩とスピカさん」
 感情を込めず、ラフィリスは挨拶をする。
 エレンは表情を歪め、襲いくる古傷と戦う、スピカには分かっていた。ラフィリスがエレンにした仕打ちを。
 「エレン、アディスの手当てをお願い、彼女の相手はわたしがするわ」
 スピカはエレンの気持ちを察し、別の役割を与える。
 ラフィリスと顔を合わせない時間を、少しでも長く作りたかったからだ。
 スピカはラフィリスを見つめながら、手の届く距離にまで詰め寄る。
 「エレンの代わりにわたしが聞くわ」
 スピカはラフィリスを睨む。
 過去と現代に行った悪事を許さないと言わんばかりに。
 「よくも関係の無い人を傷つけたわね、あなたの目的は何?」
 スピカは訊ねた。
 ラフィリスは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「やだなぁ、決まってるじゃないですか、エレン先輩に復讐するためでしょう、あたしを一文無しで追放して、その後散々苦労させられたんだからその報いですよ」
 あまりに身勝手な理由に、スピカの中に溶岩のような怒りが煮えたぎり、手がぶるぶると震える。
 ……そんなの逆恨みだわ、元はといえばあなたの行いがいけなかったのよ
 エレンがラフィリスと絶縁したのは、彼女が不正な方法で薬剤師を合格したことだった。要点を書き留めたノートを盗み出し、試験でこっそり見ながら答えを解いたのだ。
 エレンは努力も空しく、不合格となった。
 その後ラフィリスの不正が発覚し、合格は取り消され、全てを知ったエレンは激怒し、ラフィリスと完全に縁を切ったのである。
 ラフィリスは更に続けた。
 「その後集団に拾われて、あたしは弓使いとしてやり直す事にしたんです。元々弓には慣れていましたし、あっという間に上達しましたけどね」
 ラフィリスは手早く構え、近くにあった木の枝を三本打ち抜いた。彼女の技術は並ではない。
 「集団って、それはわたしを襲った連中とこの闘技場と何か関係があるのかしら?」
 「流石はスピカさんですね、話の飲み込みが早いですよ、数日前にアナタを襲った時に生き延びたのは計算どおりだったと言ってましたよ」
 やっぱり、とスピカは思った。
 スピカを襲った集団は、突然現れた闘技場と関わりがあるのだ。その上エレンを傷付けた敵も所属している。
 アディスの手当てを終えたエレンが口を挟む。
 「アンタ……スピカを襲ったの!? 」
 「違いますよぉ、あたしは姑息な真似はしませんって、エレン先輩そんなに怒ると体に障りますよぉ?」
 「アンタね……!」 
 エレンは手を強く握っていた。殴りたい衝動を抑えようと必死である。
 いつもは冷静なエレンの激怒ぶりに、アディスは戸惑う。
 ちなみにラフィリスとは面識が無く、彼女が『最低の人間だった』という事を、スピカから聞いただけだ。ラフィリスの口振りを聞いて、彼女が良心のある人物とは思えなかった。
 『顔は可愛いのに内面が酷いな、もう少し性格がよければな……』
 空気を考え、アディスは口の中で言った。不必要な発言によって女子二人に殴られたくないからだ。
 女好きのアディスが不安になる程、今のスピカとエレンは怖いのである。
 「なるほど……あなたに陰湿な命令を下した首謀者はあの闘技場内にいるのね?」 
 「いるよ、優勝すれば会えるよ、せいぜい死なないように努力するんだね」
 「情報を有難う、おまえには用は無いわ」
 冷たく言い放ち、スピカはラフィリスの腹部を力を込めて殴った。ラフィリスは気絶し、スピカの腕の中に倒れ込む。
 スピカはラフィリスを地面に置き、二人の元に来た。
 「エレン、彼女に制裁を加えておいたわ、気絶しているうちに好きにしてもいいわ」
 「……ありがと」 
 エレンは目線を反らし、短く礼を言う。
 エレンの気持ちは簡単には癒えない、ラフィリスの行いによって深く傷付いたのだから。
 「わたしはこれから闘技場に行ってくるわ、ラフィリスが言っていた集団が行動を起こすと厄介そうだから」
 「スッピー一人で行くのかよ、危ないって!」
 「分かってるけど、行かなければならないの……ごめんね」
 アディスの忠告を聞き入れつつ、スピカは続けた。
 「アディス、あなたはラフィリスを警察に引き渡して、ただし起きる前にエレンに仕返しをさせる時間を与えて欲しいの、エレンはマスターに闘技場と集団の事を知らせて」
 言いたいことを言い、スピカは二人の仲間に背を向けた。
 集団が人を傷つける前に、大きな事件を起こす前に、行動を阻止させたい。
 その一心で。
  
 スピカは単身で闘技場の中に繋がる扉を潜る。
 「逃げずに待ってなさいよ、今行くから」
 彼女の瞳は、前だけを見つめていた。

 夜道は戦を誘う 完
  
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