白い雲が混じる青空は眩しく輝いている。
人が行き交いし、活気溢れる街を、スピカは友達のエレンと共に歩いていた。
二人の少女の手には買い物袋が握られている。
先ほどまで様々な店に回り、生活に必要な物を買い揃えていたのだ。
「これだけあれば、当分の間食事には困らないわね」
エレンは満足げに言った。
茶髪に、灰色の瞳には大きな眼鏡をかけ、白衣という井出立ちで、スピカよりも背が低い。
「いくらなんでも買いすぎだわ、本当にこんなに必要なの?」
スピカは疑問を投げかけた。品物の大半はエレンが選んだもので、安い商品を、数多く買い込んだのである。
「何言ってんのよ! 安いときに買い込んでおかなきゃ、これは鉄則よ」
「なら、いいけど」
エレンの力説に、スピカは納得した。
友達と買い物に付き合うことで、気分転換ができたからだ。こうした何気ない会話も、スピカにとっては心地いい。
謎の集団に襲われてから数日が経っていた。今の所は目立った事件は起きていない。それなら尚更いい。あの出来事は自分を妬む者の犯行だと思えるからだ。
元にギルド内では、高額の任務を巡り賞金稼ぎ同士の対立があり、時には命を落とす人間もいるのだ。今回スピカが請け負った魔物退治の任務もかなりの額の賞金が出ており、受けた際は周囲から冷たい目で見られていた。
あれは全て自身を陥れるための狂言だった。確信するのはまだ早いがそう思っていたかった。
平和な時間に水を差すように、一人の少年が少女達の元に走ってきた。
エレンよりも薄い茶髪を見て、一目で賞金稼ぎの仲間・アディスだと分かった。アディスは額や首に汗を流し、疲れきった表情をしている。
「どうしたの、アディス?」
スピカは落ち着いた声で訊ねた。
アディスは両膝に手を付き、何度も呼吸を繰り返し、ようやく顔を上げる。
「大変だ。街の外れに突然闘技場が現れたんだ。しかも変な奴等が闘技場の前で多くの人々に挑発してんだ。賞金稼ぎの人間が数人入っていったんだよ!」
緑色の双眸は真実を物語っていた。
……まさか
スピカの脳内には、数日前の出来事がすぐさまに記憶に浮かぶ、胸の奥には嫌な予感が膨らむ。
それは大会に参加して、自分の目で確かめるんだな
男の一言が頭の中に過ぎる。
「どうしたの?」
エレンに声を掛けられ、スピカは我に返る。
「ううん、何でもない……それより闘技場に急ぎましょう!」
スピカの声に促され、二人は闘技場のある場所へと向かう。
スピカは数日前の出来事を、二人に話していなかった。余計な心配をかけたくなかったのである。
後で話そう、スピカはそう決めた。
アディスと共に来た時、スピカはその光景に目を疑った。
そこは昨日までは何も無い土地だったが、灰色の壁に円状の建物が存在しているからだ。
アディスの指摘どおり、建物の周りには多くの人が集まっている。
突然できた巨大な建物を見るためにやって来た人達だ。有り難い事に、大声で演説を行っている最中であった。
「いいかお前等、よーく聞けよ! 再三言ってると思うが闘技場での大会で優勝すれば賞金・二千万だ!
こんな大金はそこらの稼ぎじゃ手に入らねぇぜ! 大金が欲しけりゃ、闘技場に入りな!」
声は荒々しく、人を馬鹿にしているようにしか聞こえない。
……こんな挑発は無視するに限るが、頭の悪い人間は簡単に乗ってしまう。
スピカの予感通り、複数の人間がアーチ型の入り口を潜っていった。
「あいつ等は間抜けね、安い挑発に乗るなんて」
エレンは溜息をついた。
「それにしても五月蝿い声よね……耳がおかしくなりそうだわ」
「本当ね」
スピカは短く答える。
闘技場が何の予告も無しに突然現れた。一体何の目的で闘技場を作ったのか、中に入った人はどうなったのか、スピカを襲うように仕向けたのは何者なのか?
答えはアーチ型の扉の先にある。スピカは行きたい衝動にかられた。
「二人とも、大事な話があるから聞いて欲しいの」
スピカは二人に声をかけた。四つの瞳がスピカを見る。
「どうしたんだよ、急に改まって」
「実はね……」
アディスに促され、口を開こうとした時だった。
空から無数の矢の雨が降りかかり、危険を感じたスピカは荷物を放り出し、エレンを抱きかかえ、友と共に地面に転がった。
難を逃れられなかった荷物には矢が刺さる。
アディスは剣で矢を切り裂いて無事だった。しかし、喜んではいられない。
予告なしの襲撃によって、会場に来ていた人間は矢によって怪我をし、逃げまとう者もいた。
「怪我はない?」
「お陰様でね、アンタの荷物はご愁傷様だけど」
エレンは悲しそうに言った。友との時間を築いてきた証しが無残な形になり、スピカの胸には棘が刺さる。
「スッピー、エレちゃん危ない!」
叫び声を発し、アディスがスピカの前に立つと、飛んできた矢を受けた。
アディスは呻き声を上げて、その場にうずくまる。
「アディス!」
スピカはアディスの側に寄った。彼の右腕には一本の矢が刺さり、血が流れている。
「オレなら心配いらないよ……二人の女の子を守れたんだからこんな傷一つ軽いよ」
アディスは苦笑いを浮かべ、矢を引き抜く。
普段は軽い性格の彼が、体を張って仲間を守ってくれた事により、彼に対する評価を見直すことになりそうだ。
「ちっ、当たらなかったか」
不満げな声を漏らし、三人の前に少女が現れた。
手には弓を持ち、金髪を左右に結い、瑠璃色の瞳は鋭い。
矢を放ったのも彼女だというのは一目瞭然だ。
少女の顔を見るなり、エレンの顔は怒りによって赤くなる。
「ラフィリス……!」
エレンは手を震わせて叫ぶ。
関係の無い人間を、そして仲間を傷付けた憎悪を剥き出しにして。
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