一つの安らぎのために、どうして多くの犠牲を払う?
 安らぎを得ても、本当にそこが自分にとって望んでいた未来なのだろうか?
 たった一つを選ぶため、人は迷い、悔いる。
 少女は様々な葛藤の末、安らぎの未来を得た。
 その代償に、少女に癒されない激しい痛みを残した……

 広がる緑の絨毯には、いくつもの墓石が並んでいる。
 そこにはこの世を去った者達が眠っている。
 スピカの双子の弟・ハンスも例外ではなかった。
 小さな墓石にはハンスの名が刻まれ、その前にスピカは立っていた。
 「遅くなってごめんね、ハンス」
 持っていた花束をそっと墓前に置き、スピカは囁く。 
 肩まであった髪は短く切り揃え、ハンスから貰った白いヘアバンドを外している。
 彼女の姿はハンスを知る者なら、確実にハンスと勘違いする位に瓜二つだった。
 スピカは胸の中の思いを語り始める。
 サラサラ……と草の音が静かに響き、スピカの体に吹き付ける。
 「立ち直るのに時間がかかったの、あなたを手にかけて凄く後悔した。死にたいって本気で思った」
 ハンスを失った三ヶ月間は、人生の中で最も過酷な日々だった。
 デモートは確かにスピカの中から消え去ったが、ハンスを自らの手で殺した罪悪感にさいなまれ、毎晩夢を見た。
 彼女の苦しみに追い討ちをかけるような仕打ちは更に続く。スピカがハンスと血縁関係があることから、スピカの家に嫌がらせの手紙が毎日届いた。エレンは「気にしなくてもいいのよ」と力強く語り手紙を捨ててくれた。
 酷い落書きをされた時は、アディスが口笛を吹いて消してくれた。
 二人の友達はどんな状況であってもスピカの見る目を変えなかった。辛い心境にいるスピカにとっては大きな支えになってくれた。
 家だけだったらまだ良かったが、困った事に、唯一の収入源にしていたギルドにも影響を及ぼしていた。店員や賞金稼ぎの目も冷たくなり、収入がとてつもなく低くしかも危険な仕事ばかりを紹介するようになった。優しかったウィルもスピカが殺人鬼の姉だという理由で邪険に扱うようになった。
 「報酬は貰わなかった……受け取ってもあなたは戻ってこないもの」
 ハンスを倒した事により報酬が出た。
 しかしスピカは断った。人を死に追いやった割には、あまりにも少なすぎるからである。店員に頼んで街にある孤児院に寄付するように頼んだ。恵まれない子供が幸せになることを祈って……
 ハンスは何人もの人の命を奪った犯罪者で、深い落ち度はあったと思う、それは弁解の余地は無い。だが、ハンスは闇の集団に踊らされた一人で、そうなる前までは彼は動物思いの優しい少年だった。
 彼の全てを狂わせたのは闇の集団である。
 「わたし……決めたんだ」
 スピカは力強く手を握る。
 「わたしは死なない、あなたをここまで追い詰めた闇の集団を潰すその日まで、もう二度とあなたのような被害者を出さないためにも闘うわ、だから討伐部隊に入隊することに決めたの」
 討伐部隊とは、闇の集団を含めた犯罪組織を武力で処罰する部隊である。
 入隊するには試験を受けなければならず。合格するのは少数で、狭き門を潜った先には厳しい訓練が待っている。
 しかし、給料や待遇は賞金稼ぎよりもずっと良い。
 スピカは賞金稼ぎから足を洗い、別の仕事をしつつ勉強に励んでいる。
 試験は一年後で、一発合格を目指している。内容は難しいがハンスのためにと頑張っているのだ。
 「どんな事があっても絶対に諦めない、石にかじりついてでもやり遂げてみせる。何年かかろうと必ず……!」
 スピカは悲しみを交えて語る。
 ハンスを失った苦しみは決して癒えることは無い、こんな思いをするのは自分だけでいい、仲間や他の人間に味わってもらいたくない。
 「あなたはゆっくり休んで……お父さんとお母さんと仲良くね、遠い将来はあなたの元に必ず行くから待っていてね」
 スピカは微笑んだ。ハンスがあの世で幸せになっていることを想像し。
 墓石に背を向け、スピカはその場を後にした。
 少し歩いた先には、エレンとアディスが待っていた。スピカが信頼している仲間である。
 ハンスの墓に行く気になったのも、二人に勇気を貰ったお陰だ。
 「お帰りなさい」
 「良かったなスッピー、ハンスに会えて」
 スピカは二人を見るなり笑顔になって、駆け足で合流した。
 「アディスとエレンのお陰で勇気が出たわ、ありがとう」
 二人に対し、スピカは礼を言う。
 改めて仲間の大切さを痛感した。もしも二人がいなければ、永久に来れなかった。
 スピカは仲間と共に帰路についた。

 スピカの胸には新しい未来を描いていた。闇の集団を壊滅し、アークをこの手で倒す。
 そんな未来を。

 ―――全ては、共に生を受けた弟のために。
 

 ―巡り会う二つの黒―
       完


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