蜂蜜色の光が窓から差し込み、小さな部屋を照らす。
 スピカは毛布の中で、眠れずにいた。ずっと睡眠を取ろうと心がけているが逆に脳内が冴えてしまい、眠りの世界へと行けないのだ。
 「……エレン、起きてる?」
 スピカは隣で眠っている友達に声をかける。期待などしていない。
 起きていないならいい。一人で散歩に行くから。
 するとエレンの小さな体はスピカの方を向き、灰色の双眸がゆっくりと開く。
 「何よ、また眠れないの?」
 不機嫌交じりにエレンは言った。今は夜中なので余程の理由がない限り起こされたら迷惑である。
 「アタシが調合した薬飲んだ? 飲めばぐっすり眠れるでしょ?」
 エレンの質問に、スピカは首を横に振る。
 スピカは不眠症に悩んでおり、エレンに調合してもらった薬を飲んで、ようやく安定した睡眠を得ている。この日は薬を飲み忘れたのだ。
 「今日はたまたま忘れたの。次からは飲むわ」
 「んもう……明日は仕事が入っているんでしょ、しっかり体を休めないと痛い目に遭うわよ?睡眠は人間にとって大切なことなのよ」
 エレンは呆れたように言った。
 「ごめん」
 スピカは心の底から謝罪した。エレンの忠告どおりだ。仕事がある日は特に休養を取らないといけない。体に疲れが溜まっている中で仕事をしても能率が悪い。
 「薬を飲んで少しでも眠んなさいよ……アタシはもう寝るからね」
 エレンが背を向けようとすると、スピカは「待って」と言う。
 「話をしたら、怒るかな?」
 「内容にもよるわ、下らなかったら怒るわよ」
 「わたしね……数日間ずっと嫌な夢を見ているの、沢山の人をこの手で殺す悪夢を、その中にエレンもいたの」
 スピカがエレンから目を反らして語ると、エレンは沈黙する。
 夢とはいえ、友達の手にかかって自らが殺されるなど物騒だからだ。
 「詳しく話して」
 スピカはエレンに一度頷いた。
 「わたしは夢の中ではなぜか組織の隊長をやっているの、あなたはわたしの友達、アディスがわたしの部下で、他にも沢山の部下がいるの、皆はわたしが未熟だから言う事を聞かなくて、わたしは苛々しているの、どうしたら言う事を聞いてくれるんだろう……って」
 スピカの表情は固い。それだけ生々しい夢が忘れられない。
 夢の中のスピカは、部下をまとめようと必死に努力していた。
 しかし彼女の努力を踏みにじるように、部下達はスピカの命令に背いたり、任務中にも関わらず私語を交わすなどして、風紀を乱す。
 スピカにとっては心を裂かれるような思いだった。
 「そんな中でも、わたしの支えはあなただったの、あなたは落ち込んでいるわたしに優しい言葉をかけるの、だから毎日が辛くても頑張れた。わたしより上の人間に罵声を浴びせられても。そんなある日のことだったの、あなたに頼まれた薬草を両手一杯に抱えてわたしはあなたの部屋に行くの、心の中はあなたの笑顔を見られるって楽しみにしているの。……でもね」
 スピカは拳は震わせた。空想であっても、思い出すだけで身を焼かれそうだ。
 それでも言う。言わなければ気持ちは晴れない。
 「あなたは数人の友達と一緒にわたしの陰口を叩いていた。現実では絶対にしない事なのに、夢の中では平気で言ってたの……しかも聞きたくないようなことばかり口走ってた。凄く悲しくて、自室に篭ってずっと泣いていた」
 スピカはエレンと付き合っていて分かる。
 エレンは気が強い性格で他人からきつい人だと誤解され易いが、相手を思っているからこそ厳しいことを口走ることがあっても、相手を傷付けるような言動は発しない。 
 現実のエレンの良い部分を知っているからこそ、夢の世界で彼女が人を傷けることを言ったのは衝撃的だった。
 「その後、わたしは我慢の限界を越え、手に長剣を持って皆一人残らず殺したの……最悪な夢でしょ? わたしが隊長をしているっていうのはまだ笑えるけど、あなたにまで手をかけるのは酷いよね」
 黙って聞いていたエレンはようやく口を開く。
 「ヘンテコな組織ね、上の人間の言う事を聞かずに好き放題するなんて、もしそんな組織があったら長く持たないわよ、夢の中のアタシも最低ね一発ぶん殴りたいわ」
 エレンは率直な感想を言った。夢の話と分かってはいても真剣に聞いていた。
 「ごめんね、下らない話につき合わせて」
 「下らなくなんか無いわよ、きっと夢の中で警告しているのよ、悩んでいたら必ず信頼できる人に打ち明ける事、あと陰口を言う奴とは付き合うな、という所かしら」
 「そうかもね、夢のわたしは誰にも言えなくてずっと一人で悩んでいたの、悩みに悩んだ挙句、友達の悪口が加わって遂に負の感情が爆発したの、もし信頼できる人に話していれば悪夢は防げたと思うわ」
 スピカは張り詰めた表情をしていた。同じ悪夢を数日間に渡って見たため、眠り薬を飲まなかったのだ。
 もしかしたら悪夢は昨日で終わりで、今日は見ないで済むのかもしれない。
 それでも不安だったから、エレンに相談したくて眠らずに起きていた。
 朝でも良かったのだが、眠れない夜は想像以上に辛く、我慢できなかったのだ。
 スピカの背中がとても温かくなった。突然のことに驚き後ろを見ると、エレンがスピカを両手で抱きしめている。
 「スピカ、もし悩んでいたらアタシに話して、力になれるかどうかは別にしても聞く事ぐらいならできるから」
 スピカは静かに頷く。事実、エレンに話した事により気持ちが大分晴れた。
 「有難うエレン……あと、ごめんねこんな時間に起こしちゃって」
 「言ってくれなきゃアンタが薬を飲まなかった理由が分からなかったよ、嫌な夢よねアタシだったら目が覚めた時、気が狂いそうになるわ」
 「今からちゃんと飲むよ、今日からは悪夢は見ないで済みそうね」
 スピカはベットから抜け、部屋を出る際、エレンに「おやすみ」と言う。
 エレンは微笑んで、布団に潜り込む。
  数分後、スピカは眠り薬を飲んで寝室に戻ってきた。薬の効果がすぐに効いてきたらしく
瞼を開けているのがやっとの状態。
 エレンは寝息を立てて眠っていた。その表情は安らかだった。
 スピカは彼女の隣で、瞳を閉じた。今度こそいい夢を見られるようにと願いつつ……

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