ハンスは両手で土鍋を持ち、ベットで寝ている少女の元に来た。
 土鍋からは白い湯気が出ており、見るからに熱そうである。
 少女はハンスの方を見た。風邪を引いているため少女の顔は赤い。
 「待たせたね、初めてだから時間がかかったよ」
 ハンスはスプーンでお粥をすくい息を吹きかけた。少女が食べ易いようにするためだ。
 「楽しみだわ……ハンスの手料理」
 少女は蚊が鳴くような声を発した。
 「早くシェリルには元気になってもらいたいんだよ……ほら」
 ハンスはシェリルと呼んだ少女の口元にスプーンを当てる。
 シェリルはズズズ……と音を立て、お粥を口の中に入れた。
 ハンスは緊張していた。シェリルが美味しいと言ってくれるか反応を見るまでの間が長く感じた。
 ……が、ハンスは目の前で悪夢を見ることになった。
 シェリルは両目を大きく見開き、額からは脂汗が流れ落ち、そして首に手を当てて布団の中で体を縮める。
 あまりの豹変振りに、ハンスは地面に土鍋を置き、シェリルに声をかけた。
 「どうしたんだい? まさか口に合わなかった?」
 しばらくすると、異変も徐々に収まり、シェリルは布団から顔を出して軽く咳き込んだ。
 そして、ハンスに冷たい眼差しを向ける。
 今まで見たことの無い顔が、そこにあった。
 「ハンス、私を殺す気?」
 シェリルは怒り交じりに質問を投げかけた。原因はハンスが作ったお粥だ。
 彼女の反応を見る限り相当酷い味だったことが伺える。
 「私はそんなつもりで作ったんじゃないよ……君に……」
 「嘘だわ! 本当に死ぬかと思った! 毒を飲んでいるみたいだった! いくら初めてだからってここまで不味いのを食べたのは初めてよ!」
 シェリルは病人とは思えない位に叫んだ。
 はっきりと否定され、ハンスは頭の中が真っ白になった。シェリルとは仲が良くいつも楽しく話し合える関係だった。
 だからこそ、精神的な打撃が尚更大きかった。
 ここまでシェリルが傷付ける言葉を投げかけるとは、想像もつかなかった。例えハンスに落ち度があるにしても酷い。
 それに不味くてもハンスが心を込めて作った料理だ。ここまで貶されると悲しくなる。
 我慢していたハンスも堪忍袋の緒が切れた。
 「もういいさ、君はずっと寝てれば? 元気になっても私は君のことなんか知らないし、話しかけても無視するから」
 ハンスは一方的に絶交宣言をして、部屋から出て行った。
 廊下を歩いている間、ハンスは剣を振り回し、壁に傷を付けて蝋燭を落としていった。
 「女ってのは手のかかる生き物だよ」
 ハンスは不機嫌そうに言った。
 
 スピカは両手で土鍋を持ち、ベットで寝ているアディスの元に来た。
 土鍋からは白い湯気が出ており、見るからに熱そうである。
 アディスはスピカの方を見た。風邪を引いているためアディスの顔は赤い。
 「待たせて御免ね、初めてだから時間がかかったのよ」
 スピカはスプーンでお粥をすくい息を吹きかけた。アディスが食べ易いようにするためだ。
 「楽しみだな……スッピーの手料理」
 アディスは蚊が鳴くような声を発した。
 「早くあなたに元気になってもらいたいからよ……はい」
 スピカはアディスの口元にスプーンを当てる。
 アディスはズズズ……と音を立て、お粥を口の中に入れた。
 スピカは緊張していた。アディスが美味しいと言ってくれるか反応を見るまでの間が長く感じた。
 ……が、スピカは目の前で悪夢を見ることになった。
 アディスの顔色は真っ青になり、口から泡が出た。良くなる所かますます病状が悪化しているように見える。
 「アディスどうしたの!? しっかりして!!」
 スピカはアディスを揺さぶり、彼を起こそうとした。
 この地点でスピカは動転して気付かないが、彼女の料理が原因でアディスの具合が悪くなったのである。
 「医者を呼んで来ようか?」
 スピカが訊ねると、アディスは慌てて首を横に振る。
 彼の言葉の通り、脂汗が引き、乱れていた呼吸も普通になり段々と落ち着いていった。
 しばらくすると、アディスはスピカの方を見て、小さく微笑んだ。
 「……本当に大丈夫?」
 「ああ……心配かけたな」
 アディスは口元を抑えて咳き込んだ。
 「スッピーのお粥……変わった味がするんだな……兄貴が作ったオムライスより酷かったぜ……」
 苦しげにアディスが言った。
 その指摘に、スピカの背筋が凍りつくのを感じた。彼の言葉には確かに説得力がある。
 前にも一度、スープを作ってエレンに出したことがあったのだが、一口食べただけでエレンは失神したのである。
 後々、エレンから
 『アンタ……もし結婚するなら絶対料理の出来る男性にしなさい』
 と、釘を刺された。
 今回のお粥は、本当ならエレンが作る予定だったが、急用の為止む得ずスピカがやることになったのである。
 レシピを見て、材料や分量も守り、作業効率だって悪くなかった。
 スピカは地面に置いてある土鍋のお粥を一粒摘んで口の中に入れた。その瞬間表情を歪めた。あまりの不味さに絶句する。
 ……なにこれ……酷すぎるわ……
 無理して飲み込み、スピカは大きな溜息をついた。努力が空回りしたからだ。
 ちゃんとやったの筈なのに、不味い料理しか作れないのが情けなかった。
 「ごめんねアディス、嫌な思いをさせて……こんなの食べられないよね」
 スピカは土鍋を持ち、捨てに行こうとした。
 そこに、アディスがすかさず手を伸ばして、スピカの服を掴む。
 「いや……食べるよ……食い物は粗末にしちゃばちが当たるからな……」
 「何言ってるのよ、あなたさっき苦しそうだったじゃない」
 スピカは断固として拒否した。アディスの発言からして、不味いお粥を全部食べると宣言しているからだ。
 「ちょっと変わった味に面食らっただけだよ……鍋かして」
 「駄目よ、具合が悪くなるわ」
 「心配いらないって」
 アディスはスピカから強引に土鍋を取り上げ、お粥を早口で食べ始めた。
 普通の人間なら、一口食べただけで嫌になるが、アディスは我慢して食べている。
 「本当に無理しないで」
 スピカは弱々しく言った。
 好き好んで、不味い料理を作りたいとは思わない。むしろ人に喜んでもらいたいのだが料理だけは壊滅的に下手だ。
 これは肉親の遺伝が原因だと考えられる。スピカの母親は料理が全くできず、全て家政婦に任せてたくらいである。
 ……これ以上嫌な思いを誰にもさせたくない、もっと努力しなきゃ
 スピカはアディスを見て考えた。美味しい料理を作れるようになりたいと。
 一方ハンスもスピカと同じ考えに至っていた。シェリルを見返せるほど上手くなりたいと。
 
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