「……ふぅ」
麗佳れいかはグラスに入っていた酒を空にして、ため息をつく。
「マスターもう一杯頂けるかしら」
空のグラスをカウンターにいるマスターに差し出した。
マスターは困惑気味の顔をする。
「麗佳さん、飲みすぎです。これで五杯目ですよ」
マスターは心配そうな顔で言った。
「まだ全然平気よ、明日は仕事もないしね。これ位飲まないとやってられないの」
「……仕方ないですね」
マスターは渋々と言った感じで、空のグラスに酒を注ぐ。
「この一杯で最後にして下さいよ、でないと体に障ります」
本当はもう二杯位飲みたかったが、マスターの気遣いを無駄にする訳にもいかず、麗佳は「分かったわ」と言った。
「心配してくれて有難う」
「そう思うなら酒は程々にして下さい」
口うるさい感じはしたが、マスターの気持ちも分からないことも無かった。元に麗佳は二度ほど酒を飲みすぎてしまいこのバーで寝てしまったことがあるからだ。
酒でも飲まないと、麗佳がやっている仕事もやっていられない。
麗佳の仕事はどんな願い事をも叶えるダークジュエルを不幸に苦しんでいる人々に渡すことだ。ダークジュエルは願い事を叶えるのと引き換えに代償があり、願った本人の大切な物や人を失うという欠点がある。製作者が言うには「この代償は無くすことができない」という。
麗佳が所属している会社の人間が作り、人に渡しているが、麗佳は自分と境遇がよく似た者にダークジュエルを渡した時はマスターが心配する程に酔いつぶれてしまう。
「神宮さんには……悪いことをしたわね」
麗佳は一人の少女の名を呟く。
神宮こと神宮みゆきはいじめに苦しんでおり、彼女のいじめを解放するためにダークジュエルを渡したのだ。しかし麗佳は肝心の説明を神宮に言うのを忘れてしまっていた。
不謹慎だが彼女のいじめは加害者の死亡と共に止まった。ここまでは良かったが、神宮には妹がいた。
妹と喧嘩になりそれが原因でダークジュエルの力により妹が消滅してしまったのだ。神宮が妹を失った瞬間を麗佳は目の当たりにした。
無表情で麗佳は神宮に厳しい言葉を掛けはしたが、内心は神宮が気の毒に思ってはいた。
その後神宮とは接触していない。
噂だと神宮はショックのため不登校になってしまったという。
ダークジュエルを使用する際には代償のことを使用者に説明してるが、使用者に代償のことを納得させた上で渡すようにしている。
しかし神宮の時には説明を忘れるというミスを犯し、精神には重荷を感じていた。
麗佳にも妹がいるため、神宮が妹を失った苦しみは理解できるつもりだ。本当ならダークジュエルは人に渡さない方が良いのかもしれない。
麗佳は神宮の不遇を考えていると、その内意識が無くなっていった。

麗佳が机で寝ている所に、一人の女性がバーを訪れる。
「すみません、お姉ちゃん来てますか?」
女性はマスターに声を掛ける。
「ああ、清佳きよかさんですか、丁度良かったです」
清佳と呼ばれた女性はマスターに手招きされ、麗佳の元に来た。
「もう……お姉ちゃんったら」
清佳は呆れた様子になった。清佳は姉の癖を把握しており、姉の帰りが遅いときは行き付けのこのバーに赴くようにしている。
「すみません、お姉ちゃんが迷惑かけたりして」
「いえ、気にしてませんから」
マスターは本当に気にしていない様子だった。
「でも、清佳さんからも言って下さい、飲み過ぎは体を壊すと」
「分かりました。タクシー呼びますから、お姉ちゃんのこと本当にごめんなさい」
清佳はマスターに再び謝った。

「……ごめんね、清佳」
「謝るくらいなら飲むのはほどほどにしてよ」
タクシーで自宅に戻り、麗佳は妹に謝罪する。
酔いは完全に覚めてないが、自宅に戻ってきたことで妹に迷惑をかけたことは自覚した。
「はい、酔い覚ましの薬」
清佳は一本のビンを差し出してきた。
「有難う」
「明日は仕事休みだけど、二日酔いになったら困るでしょ」
清佳は言った。
確かに二日酔いの苦しみは味わいたくない。襲い来る頭痛と吐き気はきつい、清佳の言い分は理解できる。
麗佳は酔い覚ましの薬を一気に飲み干した。
清佳は麗佳のベッドの支度をしていた。
「……清佳」
麗佳は妹に声をかける。
「何?」
「厚敬さんと結婚して、家を出て良いんだからね」
麗佳は言った。自分がこんな状態で言っても説得力には欠けるが、妹の幸せを望んでいることは本心だ。
厚敬さんとは清佳の恋人で、会ったことがあるが、清佳のことを大切にしており、彼なら清佳を幸せにしてくれると感じた。
結婚するなら清佳も大人なので反対はしないし、早くに亡くなった両親も喜ぶに違いない。
清佳は枕を置いて、そのまま動かなくなる。
「……厚敬とは別れたわ」
清佳は消え入りそうな声で言った。信じられない話に麗佳は耳を疑った。
「どうして? まさか……」
「お姉ちゃんの仕事が原因じゃないよ」
麗佳の仕事は人から恨みをぶつけられることが日常茶飯事である。
ダークジュエルを人に与え願いを叶えたことにより、幸せになる人間ばかりではないからだ。叶えた代償で中には家族や友人を失い、麗佳を含むダークジュエルを渡した者に報復する者もいる。ダークジュエルの使用の注意を伝えて渡しても重い代償に納得しない人間もいるのだ。
元に麗佳の同僚も報復に遭い怪我をしたり、退職したりしている。中には命を落とす者もいたりする。
直接危害が加わらなくても、ダークジュエルを渡す仕事をしている事で周囲に迷惑がかかることもある。
清佳はあんな風に言ってるが、恋人との関係も自分の仕事が原因で上手くいかなくなったのではと考えてしまう。
「厚敬とはすれ違いばかりで上手くいってなかったし、もう終わりにしようと思ったの」
清佳の声は沈んでいた。背中しか見えないが、清佳は落ち込んでいるのは分かる。
麗佳は清佳の恋愛には干渉しなかったため、二人の関係が軋んでいたことも気づかなかった。
清佳は麗佳の方を向く。
「辛気くさい話は終わり! それより早く寝よう!」
清佳は明るい声で言った。
「そうね」
麗佳は返した。
今の時刻は深夜一時、流石に寝る時間だ。

薬のお陰で酔いが覚め、麗佳はシャワーを済ませ、パジャマに着替えた。
電気を消してベッドの中に潜り込んで、隣に寝ている清佳に一声かける。
「おやすみ、清佳」
「うん、おやすみ、お姉ちゃん」
清佳は言った。
麗佳はすぐに眠りについた妹を見て、目を瞑った。清佳は清佳なりに麗佳の仕事を理解している。
人を幸せにする反面代償が起こることも承知している。その上姉のことも面倒を見たりと、感謝してもしきれない。
清佳には幸せになって欲しい。麗佳は切実に願った。
妹のことを想いつつ、麗佳はようやく眠りについた。

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