チェリクは男先輩のジストと共に、食堂に呼び出された。
人々が賑わい、食事をしたり、食事が終わっても雑談や仕事の愚痴をこぼす者もいる。
いつもの光景だった。
「じゃじゃーん」
歌を口ずさみ、アメリアが箱に入ったチョコを二人の男に見せた。
どれも綺麗な形をしており、美味しそうである。
「これ、アミィが作ったのか?」
「当然よ!」
アメリアは嬉しそうに言った。
アメリアはお菓子作りが得意で、特にチョコ関係は美味しいと評判である。
ちなみにアミィとはアメリアの愛称だ。
長い任務で疲れたときに、アメリアお手製のチョコを食べるだけで元気になれるのだ。
「今日はバレンタインだからね、いつも世話になっているお礼よ」
アメリアは笑った。チェリクは一粒のチョコを手に持った。
「僕、アメリアさんのチョコ大好きです、美味しいですし、何より癒されますからね」
チェリクは言うと、口に放り込む。
その瞬間、想像通り優しく甘い味が口の中に広がる。
度々アメリアのチョコには助けられたが、今回のチョコは絶品だ。
ジストも同じことを思ったらしく、「うまい!」と大声で叫んだ。
「これだったら店出せるぜ! オレが保証する!」
ジストは満足げな笑みを浮かべた。
「もう、お世辞が上手いんだから」
アメリアは頬を赤くして照れていた。
「ご馳走さまです。アメリアさん、また作って下さいね」
「二人とも有難う、また頑張って作るわ」
アメリアは隣のスピカに声を掛けた。次は彼女がチョコを出す番だ。
この時、元気だったジストの表情は一転して凍りつく。
ジストの変化に、チェリクは敏感だった。
……ジストさん?
疑問を口に出す前に、チェリクとジストの前にスピカが作ったお手製のチョコが現れた。
アメリアのチョコとは違い、形にばらつきが見られる。
「一生懸命作ったの、良かったら食べて」
おずおずとスピカは言った。
先輩の好意に答える為、チェリクは形の大きいチョコを手に取る。
「スピカさんのチョコも美味しそうですね」
チェリクは微笑んだ。
隣のジストはスピカのチョコに全く手を出さない、アメリアのチョコはあれだけ絶賛していたのに。
「ジストさん、食べないんですか?」
チェリクが聞くと、ジストは苦笑いした。
「オレはアミィのチョコで十分さ、後はお前にやるよ」
ジストは投げやりに答えた。さっきよりも明らかに様子が可笑しい。
……一体どうしたのでしょう?
チェリクは疑問を抱いた。
だが、チェリクはスピカの手料理を食べるのが初めてで、彼女の料理がどれ程酷いかを知る由も無い。
ジストは身をもって知っているので、スピカの料理には手を出さないのだ。
先輩の内面も知る由もなく、チェリクは「いただきます」と言い、スピカのチョコを口の中に放り込んだ。
その瞬間、チェリクの口の中には、この世のものとは思えない味が広がる。
……な、何だこれ!?
味の酷さに、チェリクの額からは脂汗が流れ、顔色も真っ青になった。
「……っ!」
チェリクは喉を押さえ、空席の方に倒れ込む。
異変を察し、アメリア、スピカ、ジスト、そして他の人々がチェリクの周りを取り囲んでいた。
様々な声が飛び交う中、チェリクの意識は飛んだ。
彼の脳内には、生きてきた記憶が巡っていた。

「ん……」
薄っすらとチェリクは瞳を開くと、心配そうな表情をしたスピカがチェリクを覗き込んだ。
「ここは……?」
チェリクは起き上がり、スピカに訊ねた。
長い間眠ったように、頭が重い。
「治療室よ……具合はどう?」
「平気ですよ」
チェリクは少し笑った。
すると、スピカはチェリクの前で頭を下げた。
「ごめんなさい、わたしの不手際のせいであなたを苦しめてしまった……」
震える声でスピカは謝罪した。
チェリクはこの時になって、ジストがスピカのチョコに手を出さなかった原因を理解する。
彼女のチョコはとても不味いからだ。口に運んだ時の苦痛が、鮮やかに蘇る。
「ちゃんと順番通りに作ったのよね?」
アメリアはスピカの右に立つ。
「作ったわよ、アメリアも見てたでしょ」
スピカは慌てて反論する。
アメリアは片目を閉じ、明るく言った。
「ゴメンね、スピカはかなりの料理音痴で、どの料理も不味くなっちゃうの、今回のチョコも上手く作るように頑張って挑戦したんだけど駄目だったみたいね」
チェリクは何故スピカが料理係を一切任されないのかをようやく理解する。
チョコ一粒が原因で走馬灯が駆け巡ったのだから、他の料理も相当不味いのだろう。
「身をもって分かっただろ? こいつの料理は天下一品に不味いって」
立ち聞きをしていたジストが、スピカの右に立つ。
チェリクは軽蔑の眼差しで先輩を見た。
「何だよその目は」
「ジストさん酷いですよ、知ってて食べさせたんですね?」
ジストは負けずと言い返す。
「これも指導の一つだ。もし戦場とかでこいつの料理を食わされたら、三日は動けなくなるぜ、だから前もって教えておきたかったんだ」
「やめてよもう!」
スピカは恥ずかしそうに頬を赤く染め、口元を膨らませた。
チェリクはスピカの意外な一面を知った。料理が全く駄目だという部分だ。
性格的に見ても、家事も完璧にこなせると思っていたので意外だった。
チョコは不味かったが、スピカの気持ちは嬉しかった。
「スピカさん」
チェリクは先輩に呼びかけた。スピカはチェリクを見る。
「チョコ有難うございました。気持ち受け取りました」
チェリクは穏やかな笑みを浮かべた。
バレンタインはチェリクにとって色んな意味で忘れられない思い出になった。

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