「ねえ、お姉さま」
 「何?」
 「これは何て料理なんだい?」
 目の前にいるハンスの指摘に、スピカは下を向き小さな声で答える。
 「……野菜スープと目玉焼きよ」
 スピカはそれ以上言えなかった。
 双子の前には、スピカが作った手料理らしき黒い物体が並んでいる。
 「そうには見えないね」
 ハンスははっきりと言った。
 恥ずかしさに耐え切れずスピカはテーブルを叩き大声を出す。
 「途中までは上手くいっていたのよ、でもうっかりしたら失敗したの」
 「失敗したのを人に出さないでよ、アーク様が食べたら闇の集団が壊滅するよ」
 ハンスは表情を強張らせた。スピカの手料理を食べた事があるが、一口食べただけで具合が悪くなる程に不味いのだ。
 「悪かったわね」
 席から立ち、スピカは失敗作を台所に持って行き、ごみ箱に捨てた。
 月に一度、ハンスとのコミュニケーションを目的に手作り料理を振るっているのだ。今回も持ち前の料理音痴が元で失敗したのである。
 まともな料理を作れなかった悔しさのあまり、スピカはその場から動けなかった。
 「頑張ってるのは分かるけど、今回でやめにしないかい、話なら料理抜きでも出来るんだしね」
 ハンスの言葉が胸に突き刺さる。
 彼なりにスピカの苦労をいたわっているのだろうが、スピカにとっては侮辱にしか聞こえない。
 「……どうして満足に料理が作れないんだろう」
 悲しい気持ちで一杯になった。手順も分量も完璧なのにいざ作り始めると上手くいかなくなり失敗してしまう。
 三回やって三回失敗し、不味い料理を食べさせハンスには苦い思いをさせる。
 スピカは悔しかった。ハンスに美味しい料理を食べさせてあげたいと思うのに、気持ちばかりが空回りしてしまう。
 後ろから近づいてくる音がして、スピカは振り向く。
 「でも安心したよ、記憶を一度失っても料理下手は変わらないんだね」
 ハンスは穏やかに微笑んでいた。
 「この前作った塩が沢山入ったパンは出てきた時には驚いたよ、あれはよく作ってくれたんだよ」
 「ハンス……」
 「お姉さまの気持ちは嬉しいんだよ」
 スピカはハンスを見据えた。
 スピカは十七歳の時に魔物との戦いの際に頭を強く打ち、意識不明の重体に陥った。目を覚ました時には自分の名前以外の記憶が無く、今は時間をかけて記憶を取り戻している最中である。
 家族や、私生活に必要な事は思い出したが、まだ思い出していない部分が多い。
 ハンスの言う料理も、小麦粉をいじっている内に記憶が蘇ったのである。
 「記憶を失って料理が上手くなるかと思ったけど、とんだ誤解のようね」
 スピカは手を強く握り締めた。
 「だけどさっきも言ったように料理はやめようね、これ以上具合を悪くしたくないしね」
 「もう……意地悪」
 スピカは口を尖らせる。
 「料理よりも体を動かそう、その方が合ってるよ」
 「分かったわ、そうする……発案したわたしが言うのも可笑しいけど料理は性に合わないわ」
 焦げ目のついた皿をそのまんまにして、スピカはハンスと共に外に出る。
 その時、スピカは微笑んでいた。
 料理が出来なくても、絆が崩れる事が無いと安心したからである。
  
 失った時間は中々取り戻せないが、家族の時間を大切にしたい。
 ハンスとの会話を通じて、スピカは思った。

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