明美は翔太とまどかと共に病院の廊下を歩いていた。
「優の奴相変わらずか?」
「ええ」
翔太に訊ねられ、明美は返した。
優は大学受験を受けに行く途中で子供をかばって事故に遭い怪我をしたのだ。
受ける予定だった受験は全て取り止めになり、卒業式にも出られなかったのだ。
「人助けするなんて明美に似てるよね」
「本当ね」
まどかの呟きを、明美は複雑な気分で答えた。
優が助けた子供と親が礼の言葉を述べるために病室に現れたのだ。
優の怪我は悲しいが、体を張って人を守ったことは素晴らしいと思う。
人をからかい、トラブルを起こしてばかりの優だが、今回の行動を見て優の見方を改める機会になりそうだ。
「ここだね」
まどかは表札の「黒崎優」の名に目を向ける。
「私が会って大丈夫かな?」
まどかは疑問を口にする。
まどかが見舞いに来るのは今回が初めてだからだ。
本当は早く来たかったのだが、新生活の準備に追われ都合がつかなかったのだ。
「きっと大丈夫よ、歓迎してくれるわ」
明美は安心させるように言った。
明美が見舞いに来てもいつも通りに接するからだ。
ドアを叩き、室内に一声かける。
優以外にも複数の患者がいるためだ。
「失礼します」
明美が前を進むと、二人は明美についていった。
寝ている人、テレビを見ている人、見舞いに来た家族と談笑していたりと一つの病室では色んな光景が繰り広げられている。
明美の足元に何かぶつかった。何だろうと思い下を見ると女の子の人形が転がっていた。
「へー可愛いじゃん」
まどかが身を屈めて手に持とうとした瞬間だった。
「まどか、触っちゃダメ!」
忠告したが遅かった。何故なら人形は突然起き出したと思えば、背中から白い煙を吐きながらまどかに向かってきたからだ。
「きゃあっ!」
患者がいるにも関わらず、まどかは甲高い声を出した。
人形はまどかにぶつかることなく高く飛び、白いカーテンに包まれた場所に落ちていった。
「あっはっは! 引っ掛かった!」
笑う声がして、明美は早足でカーテンに包まれた場所に来るなり、締め切られたカーテンを開き、中にいる人物に叱りつけた。
「優! 人に迷惑をかけちゃダメでしょ!」
中にいる人物、もとい優は怒りで赤く染まった明美に対し、冷静な表情を崩さなかった。

「びっくりしたよ、もう」
まどかは戸惑っている様子だった。
「でも面白かったでしょ? 飛ぶ人形」
優は反省していない様子だった。
「やめなさいって言ってるでしょ、他の患者さんに当たったらどうするの?」
明美は厳しく言った。
優は身内や学園の関係者が来る度に、玩具を使って人をからかったりしている。
優はコスプレ衣装だけでなく電気で動く玩具を作るのも得意なのだ。
病室にいるのが退屈なようで、彼のいるスペースは玩具が並べられている。
悪気はないようだが、無関係な人間に迷惑をかけるのは困る。
「その点は気を付けてるよ」
優は自信あり気に言った。
彼の行いは既に担当をしている看護師や先生に目をつけられている。
「相変わらずだな、お前」
翔太は呆れ混じりに言った。
翔太は一度優の見舞いに来た際、玩具の歓迎を受けたからだ。
「怪我と言っても骨折だからね~」
優の怪我は右腕の複雑骨折で、一ヶ月の入院が必要だという。
「痛くない?」
まどかは右腕に手を当てる。
「ギブスで固定してあるから平気だよ」
優は言った。
明美は優の事故を受験中に聞き、全身の震えが止まらなかったのを覚えている。
病院に行く間、生きた心地がしなかった。
彼のからかいに困ることはあるが、元気な彼を見ていて無事で良かったと改めて思った。
明美は持参していたバックから優の卒業証書が入った筒を取り出した。
「何かな~? それは」
「卒業証書よ」
明美は穏やかに笑う。
渡すために優のいる病室に来たのだ。
卒業証書を広げ、書かれている文を読み上げる。
「卒業証書、黒崎優
本校所定の課程を終えたことをここに証明します」
今日の日付と自分の名前を言い、卒業証書を優に向けて差し出した。
「姉さんなのが残念だな~」
「何よそれ」
「まあいいや、とりあえず貰っておくよ」
優は明美から卒業証書を左手で受け取った。
「卒業おめでとう、黒崎くん」
「ちゃんと怪我治せよ、そしたらまた遊ぼーな」
まどかは手を叩き、翔太は歯を見せて笑った。
明美達は時間が許す限り優の側で過ごしたのだった……

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