明美は優の部屋に来て、彼の様子を眺めていた。
優は顔を赤くして、咳き込んでいる。
紛れもなく風邪である。
「……大丈夫?」
明美は優に問いかける。
優は瞳を動かし、明美を見る。
「姉さんを見たら余計に悪化しそうだよ……」
憎まれ口に、明美は眉をひそめる。
兄弟関係のためか、優は明美に生意気な態度をとる。
いくら経っても、彼の口調には慣れない。
「それだけ言えるなら明日には元気になりそうね」
明美は表情を崩さずに返す。
「折角の旅行だったのに……残念だな……」
「旅行はまた別の日に行けば良いじゃない」
旅行というのは星野家が全員揃っての日帰り旅行のことである。
優が来てから初めて行く計画だった。
「今は優が治ることの方が大切よ」
明美は言った。
どれだけ腹の立つ弟とは言え、彼を置いて旅行に行くことはできない。
「お母さんに頼んでおかゆを作ってもらうからね」
明美は優に背を向け、扉の前に進むと「姉さん……」と声をかけてきた。
「なに……?」
「姉さんは……作らないでね……」
優は言った。
明美が料理音痴というのを知っているためだ。
「分かってるわよ、大人しく寝てなさい」
明美は怒りを込めて言った。
本当のことでも大きなお世話である。
「……そうするよ……早く良くなりたいしね……」
優はそれ以上しゃべらなかった。

明美はその後母の作ったおかゆに
得意のコーヒーを入れて優に出したのだった……
早く良くなるようにと願いを込めて。

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