「お願い開いて!」
アリスは両手で白い扉のドアノブを上下に激しく動かす。
背後からはアリスを追跡していたトランプ兵士が近づいて来ていた。アリスが女王様を怒らせたため、トランプ兵士に命を狙われている。
アリスは必死だった。このままでは自らの命が危ないからだ。
助かるためにも、扉を開くしかない。
先に何があるか分からないが、後ろに引き返すこともできない。アリスの周辺には扉以外に道は見当たらず、全て暗闇に包まれている。
しかし、どんなに抗おうと扉は閉じたままで、残酷にも時間だけが過ぎてゆく。
「何で開かないのよ! お願いだから開いて!」
アリスの叫びも空しく、扉は開いてくれない。
その間にも、トランプ兵士がアリスに詰め寄っていた。アリスは扉を背にしてトランプ兵士のいる方向に視線を変えた。
相手は二人しかいないが動きが早く、逃走の際は命がけだった。
その証拠に、アリスの服はあちこちが切り裂かれ、腰まで伸びきった栗色の髪も今では肩までしかない。
迫り来る死の足音に、アリスの全身は震える。
「そこまでだ。小娘」
槍を持った赤いハートの兵士が口を開く。
「女王様に逆らった罰として、死んでもらう」
黒いスペードの兵士は斧を振りかざしてアリスに襲い掛かってきた。突然の不意打ちに、アリスは左に回避するのがやっとだった。
だが、この行動をアリスは悔いた。今の一撃によって扉が木っ端微塵に破壊されたからだ。脱出口を失いアリスは絶望的な気分に陥った。
「いや……っ」
搾り出すようにアリスは声を発し、後ろに下がった。少しでも恐怖から逃れるために。
だが、アリスの行動は、背後の声によって終わりを告げる。
「逃がしはしない」
アリスは見上げると、赤いハートの兵士が殺気を込めた目で睨んでいた。
その手には槍が握られている。
アリスは双眸から瞳を流した。命を失う恐怖、この世界に来た後悔。好奇心に負けた自分に対する怒り……様々な感情が胸の中に渦巻く。
(兎なんか追うんじゃ無かった)
アリスは自分を呪った。
もしも兎を追わなければ、こんな無残な目に遭わずに済んだからだ。
(姉さん、ごめんね)
この世界に来てからの不思議な出来事を、帰ったら微笑んで姉さんに全て話そうと考えていたが、叶える事は難しいようだ。
しかし、それ以上アリスは考えられなかった。ハートの兵士がアリスの心臓を槍で貫いたからだ。
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