雨が降り注ぎ、草原を、そして私の目の前にある墓もぬらす。
私は身を屈めてずっと祈っていた。
服が水を吸い込み、髪からは水滴が滴り落ちても、決して止めることはできない。
この地に眠る人間が、私のことを快く思っていなかったとしても。

「まだ祈っていたのかよ」
背後から声が聞こえて、私は振り向くと、傘を手に持ったイルが立っていた。
「ずぶぬれじゃんか、風邪引くぞ」
イルはぶっきらぼうに言うと、私に傘を差し出した。
彼なりの気遣いが、冷え切った私の心を温めてくれて有り難い。
ただ。私が傘を使えば今度は彼がぬれてしまう。
「私のことは心配しないで、大丈夫だから」
私は微笑んで、手を横に振った。
私と共に戦ってきた仲間だからこそ、自分の体には気を使って欲しいから。
「やせ我慢すんなよ、ルナは昔っからそうだもんな」
イルは私の手を握ったと思えば、引っ張られて、そのまま彼の体に密着した。
突然の出来事に、私は声を失い、恥ずかしくなった。
「……っ!?」
 イルがこんな事をするなんて初めてだ。私の体調を考えてやっているのだろうが
それでもドキドキする。
 昔のイルなら、傘を無理矢理にでも私に差し出し、次の日は風邪で寝込んでいたが
長い旅を得て、イルの精神は大きく成長し、自分や相手を大切にすることを学んだのだ。
 旅の終わりから約半年経ち、イルが変わったことは目に見えていたが
 まさかここまで大胆なことをするとは想像もつかなかった。 
「恥ずかしいよ、誰かに見られたらどうするの」
「この場所は滅多に人は来ないから心配ないって、来ても別にどうってことないだろ」
 イルは口元を緩めた。
 私が小さい頃から見てきた顔だが今は何処か違う。
 友達というより、一人の男の子と言った方がいい。
 「でも、貴方が来てくれて良かった」
 私はイルの胸の中で、自分の気持ちを打ち明けた。
 「リディルのことを考えると心が重くなるの、こうして貴方と一緒にいる所をリディルが睨んでるんじゃないかって」
 「大げさだな、んな事ないっつーの」
 イルはいつものように明るく振舞ったが、私の気持ちは沈んだまま。
 「私がリディルの墓参りに行く際は必ず雨が降るの、それだけじゃないわ、夢の中にまででてきて『お前は私の墓に来るな』って怖い顔をして私を見るの」
 半年前、私は一人の人間を殺した。世界を守り通すためとはいえ胸が痛かった。
 リディルは世界を滅茶苦茶に荒らし回ったが、彼は私と血の繋がった兄であり、悪の道に染まったのは、生まれつき強大な力を持ったあまりに、周囲の人間によって迫害を受け、自らを傷つけた人間に対する復讐のためだったという。
 私は兄と違い、力を持っていなかったため捨てられたのだが、逆の立場だったら私も兄と同様の道を歩んでいたに違いない。
 「本当に私がしたことは正しかったのかな」
 私はイルに訊ねた。世界を平和にするために。
 一人の……私と血の繋がった家族を手にかけたことは、正しい道だったのか分からなかい。
 罪の無い人間を容赦なしに殺し、その上、自らを慕う部下にまで手をかけるリディルの冷酷非道ぶりに、私だけではなくイルも怒りを抱いた。
 しかし旅が進み、リディルが悪の道に染まった経由が分かると、彼も完全な悪ではないことを知った。
 彼を止めようと最大限の努力をしたが無駄だった。リディルは私の話にすら耳を貸そうともしなかった。やむ得ず。私はリディルを倒した。
 そうしなければ世界は守れなかった。人々の命を救うには正しい選択だったと思う。
 「一つの物を得るために、もう一つの物を捨てなければならない」
 「え?」
 「ルナがしたことは間違ってない、あいつを放っておいたら今よりもずっと後悔してた」
 「イル……」
 「過去に捕らわれたら、前には進めないぞ? 忘れろとまでは言わないけど、いつまでもこだわっているのはよくないぜ」 
 「ありがとう、でも少し時間をちょうだい、今の私には貴方の言葉を受け止めきれない」
 それ以上言えずに、私は黙り込んだ。 
 現地点ではそれが精一杯だった。苦い記憶を消去するには時間が必要。
 ごめんねイル。素直じゃなくて。
 「いつまでも待ってるよ、お前と俺の仲だしな」
 雨は止む気配が無いが、ずっとこのままでいたいと思った。
 
 近くに大切な人がいるだけで、気持ちが強くなれるなんて知らなかった。
 リディルに……貴方に一人でも、自分のことを理解してくれる人間がいれば
 心が荒まず、人々を手にかけずに済んだと思う。
 
 リディル、私は貴方の分を生きてみたい。
 イルと一緒に……
 
 私はこの暖かさを忘れない。 

 解説

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