美しい森に覆われた家に、ハイドラとレンという兄妹が住んでいました。
ハイドラは妹思いのお兄さんで、レンは元気一杯で素直な女の子でした。
ハイドラとレンは幼い頃に両親を亡くし、兄妹だけで生活をしていました。ハイドラは力仕事をしてお金を稼ぎ、レンは家事をして兄さんを支えていました。

そんなある日のことでした。
レンが食べられる木の実を取りに行った時のことです。木にとまっている三匹の小鳥が話をしていました。
「あの山にある洞くつの中に、金貨を沢山出す壷が眠っているんだって」
「それ、本当なの?」
「らしいよ、友達が見たって言ってるし」
鳥の言葉が、レンには魅力的に感じました。ハイドラが懸命に働いているのにも関わらず生活はとても苦しいからです。
話が本当ならば、壷のお陰で暮らしが楽になるからです。
レンは鳥達に訊ねました。
「ねえねえ、小鳥さん、その壷ってどこの洞くつにあるの?」
すると一匹の鳥が言いました。
「北の山を一つ越えたところにあるって聞いたよ、まさか行くつもりなのかい」
「うん、行きたい」
レンは言いました。兄に楽をさせてあげたいという願いを叶えたいからです。
「分かった。連れて行ってあげるから準備をしておいで」
「ありがとう、鳥さん!」
レンは大喜びで、家に戻りました。
家に着くと、レンはハイドラが戻っていないか確かめました。どこにもハイドラの姿はありません。まだ仕事中のようです。
レンはハイドラには内緒で出かけたかったのです。
帰ってきた時に大量の金貨を見せて、ハイドラを驚かせたかったのです。
レンは旅に必要な物を準備し、ハイドラに書き置きを残しました。
『小鳥さんに金貨が沢山でる壷がある場所を教えてもらったから、行ってくるね』
もしも今日中に戻って来られなかった時に心配をかけないためです。
太陽が高く昇る頃、レンは小鳥に案内され、洞くつへと旅立っていきました。

空が赤くなってから、ハイドラは家に帰ってきました。
「ただいま」
ハイドラは優しく言いました。
しかし、レンの声はおろか、駆けつけてくることはありませんでした。
「レン?」
ハイドラはレンの姿を探しました。
いつもならば、レンが可愛い笑顔を見せて「おかえり」と迎えてくれるからです。
「レン、どこにいるんだ。隠れんぼはやめて出ておいで」
ハイドラは呼びかけました。レンはたまにイタズラで兄をびっくりさせることがあるからです。
タンス、カーテンの裏、ベットの下など隠れていそうな場所を探しますがレンは見つかりません。
家の中を探し回り、ハイドラはテーブルに置かれた手紙に気が付きました。
ハイドラは手紙を読み、言葉を失いました。
「レン……おまえは何ておろかなんだ」
ハイドラは手紙を置いて、手早く旅支度を整えました。レンは最近噂されている「うそつき鳥」にそそのかされたのです。
「うそつき鳥」は人を騙しては困らせる鳥で、村人も「うそつき鳥」の嘘には手を焼いていたのです。
村に「三匹のうそつき鳥の話には耳を傾けるな」という決まりができたばかりです。
ハイドラの心にはしっかり刻まれていましたが、レンの耳には届いていなかったようです。
ハイドラは急ぎました。急がなければ手遅れになると思ったからです。

その頃、レンは鳥の案内で山に登っていました。大分歩きましたがまだ洞くつは見えてきませんでした。
「ねえ、鳥さん、洞くつはあとどれくらいしたら着くの?」
レンは聞きました。
「もうすぐだよ」
鳥は明るく言いました。
レンが同じ事を聞いても、その一点張りです。レンは鳥の言葉を信じ歩き続けました。
しかし、歩いても、歩いても、洞くつには着きません。日が完全に落ちても、それらしき場所は見えませんでした。
最初は軽やかだった、レンの足取りも次第に重くなり、顔色も悪くなりました。
レンはとうとう地面に座り込んでしまいました。
「もうだめ……歩けない」
レンは何度も呼吸をしました。
疲れのあまり、レンは地面をベット代わりにして眠り込んでしまいました。

どれくらい眠ったのでしょう、レンはようやく目を覚ますと、空には沢山の星が輝いていました。
レンは身体を起こし、鳥の姿を探しました。ところが小鳥はいなくなっていました。
レンは急に不安になりました。自分が急に眠ったから怒ってどこかに行ってしまったのだと思ったからです。
「小鳥さん、どこにいるの? 返事をして!」
レンは叫びました。ですが小鳥は姿を現しませんでした。
レンは急に不安になりました。進んでばかりで帰り道のことまでは考えていなかったからです。
「どうしよう……」
レンは身体を丸めて、泣き出しました。
大金を持って、ハイドラの元に帰る夢が叶わなくなったからです。
その時でした。
「レーン」
レンの耳にハイドラの声が聞こえました。
レンはすぐに大声で返しました。
「兄さーん、私はここよ!」
レンは大きく手を振りました。
すると、たいまつの群れが、レンのいる場所に近づいてきました。
ハイドラと村人達です。ハイドラは村人に妹を探すのを手伝って欲しいと頼んだのです。
「兄さん!」
ハイドラの姿が見えるなり、レンは駆けつけて抱きしめました。
「良かった無事で……」
「心配かけてごめんなさい」
二人が再会する様子を見るなり、村人達の口からは暖かい言葉が次々にこぼれました。
「もう、甘い言葉に乗せられるんじゃないよ、おまえに何かあったら僕は悲しくて生きていけなくなる」
「はい、兄さん」
レンはハイドラの話で、初めて鳥にだまされていた事に気付きました。

それからレンは、都合の良い話を聞いても、よく考えるようになりました。
誘われても、ついて行くことはありませんでした。甘い誘いには裏があるとレンは知ったからです。

-終-


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