葵は家族に見守られつつ、魂だけの存在になった。
葵の側には夫と子供が付き添っている。当然のことながら前の夫はいない。
……やっと解放されたわ。
葵は自分が死んだことを心底ほっとしていた。
子供達が悲しむ顔を見ると、後悔が無いというと嘘になる。
しかし、自分が病気になりその上治療法が無いため、経済的な負担を強いていることが申し訳なく思った。
……駄目なお母さんでごめんね。
葵は二人の子供に謝った。
上の子は響といい男の子で、下の子である真弥の面倒をよく見てくれる。泣いてる真弥を慰めている。
真弥は元気一杯の女の子だが、今は母親の死を悲しんでいる。
「素敵な家族ね」
葵の側から聞き覚えのある声がした。
葵はその方角を振り向くと、十二年前に他界した娘・ほのかが立っていた。
「ほ……ほのか……」
葵は手を口元に当て、全身が震える。
ほのかはゆっくりと葵の元に歩いてきた。
葵は娘にした仕打ちを考えると胸が痛んだ。今の夫に心が行っていたあまりに、他界していたとはいえ娘に酷いことを口走ってしまった。
ほのかは血を分けた娘だったし、今の家庭を持ってもほのかのことを忘れたことは無かった。
葵はその場に崩れ落ちる。
「ごめんなさい……ほのか……」
葵は涙を流した。
謝って許されることでは無いのは分かっている。ほのかがこうして出てきたのも恨みをぶつけに来たのだろうと思った。
ほのかは身を屈め、葵の肩に手を当てた。
「お母さんがやったことは誉められることじゃないけど、幸せだったなら良いわ……それに」
意外な言葉に、葵は顔を上げる。
葵がしたことは前の家庭を壊し前夫の人生を狂わせた。
到底許されることではない。
「お母さんはもう罰は受けたんだし、許してあげるよ」
ほのかは言った。
娘が語る罰とは自分を蝕んできた病気のことだと葵は感じ取った。
「ほのか……」
「泣かないで、お母さんに涙は似合わないよ」
ほのかに言われ、葵は目に溜まった涙を拭った。
ほのかの顔からは怒りや憎しみといった感情はない。むしろ爽やかな雰囲気がにじみ出ている。
「あの世に案内するわ、大丈夫怖い所じゃないから」
「待って、せめて葬儀が終わってからにして」
葵は言った。
こういう事を言えた義理ではないが、少しでも長く子供の顔を焼き付けておきたかった。
「分かったわ」
ほのかの快い返事に葵は安心した。
「有り難う」
葵は心底娘に感謝した。
葵は自分が埋葬されるのを娘と一緒に眺めた。

「随分板についてきたわね」
「そうかな?」
外を見渡せるテラスでほのかは神様であるモイーラと紅茶を飲んでいた。
ほのかは母親をモイーラの元に連れ、モイーラも母親の魂を転生させる仕事を終えた。
モイーラは神様ではあるが、空いた時間は交流も兼ねて住人とお茶を交わすのだ。
ちなみに神様もモイーラ以外に何人かいて魂の人生を決める仕事をしている。
ほのかの場合はたまたまモイーラに当たっただけで、他の神様になった可能性があったという。
モイーラは転生か住人になるかどうかを決めるが、神様によっては魂を消滅させることもある。
ただしそれは生前罪を犯した人間に限るという。
「私の母親だったからかな、やり易かったわ」
ほのかは紅茶を飲んだ。
天界の住人になってから、多くの人を導いてきた。
小さな子供から、自分と同い年の少年、高齢の女性など、年齢はばらつきがある。
連れていく際はすんなりいけば良いが泣かれたり、掴みかかれることもあったりと、一筋縄ではいかないこともある。
「私の母は何に生まれ変わるの?」
ほのかは訊ねる。
モイーラはカップを置いた。
「人間の女性よ、今度は家庭を大切にしたいらしいわ」
「それなら良いわ」
ほのかは母が新しい人生をやり直せることに安堵した。
ほのかは母と色んなことを話した。ほのかを産んだ時のこと、成長していく喜びなどを……
「あなたに聞かされるほど、私の母は悪そうな人には見えなかったわ」
ほのかはテーブルにあるクッキーを一枚手に取り一口噛む。
モイーラからは母親がほのかの家庭を捨てて出ていったことを耳にしていた。
正直いって良い感情は抱かなかったが、母親の涙と謝罪を前にほのかの感情は緩和されたのだった。
ほのかは願った。母親が幸せになれることを。
「アナタが傷つくのを最小限に抑えるためよ」
モイーラは言った。
モイーラは感情の表現や言葉が少なく誤解され易いが、気配りができる人物だというのが付き合っていて分かった。
最初ほのかに出会った時にモイ―ラが冷たいことを口走ったのは、前の魂が理不尽な事ばかり言っていたので苛ついていたらしい。
ほのかが仕事を上手くこなせなかった時は励ましてくれたり、ほのかが好きだった物を差し出したりしたからだ。
今飲んでいるお茶はほのかお気に入りのダージリンティーである。
「気遣ってくれて有り難う」
ほのかは礼を口にした。
「アタシは当たり前のことをしただけよ」
モイーラは照れ臭そうに言った。

その後、ほのかは天界の住人として多くの人を神様に導いた。
二度と転生できない事に後悔することはあったが、モイーラの支えもありほのかはあの世で生き続けたのだった。

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