潮風が漂い、優しい波の音が響く。
海を目の前にして渚は身を屈めて泣いていた。
波の音は渚にとって心癒すメロディだが、今の彼女にとってそれ所では無かった。
「拓海くん……」
渚は一人の少年の名前を呟く。
拓海とは渚と同じクラスの生徒で、この海岸で知り合ったことをきっかけに交流が始まった。
彼と過ごしていると心が休まり、やがて彼に対して友達とは違う別の感情を抱くようになっていた。
「引っ越しちゃうなんて……ひどいよ……」
渚は涙声で言った。
拓海は明日転校することに決まったのだ。
拓海から突然言われ、渚の胸は痛んだ。
同時にその場にいられなくなり、拓海から背を向けたのだ。
明日には拓海がいないと考えるだけで、真っ暗闇に放り込まれる気分だった。
「渚っ!」
渚の耳によく知る声が飛び込む。
渚が顔を上げると、拓海の姿があった。
「やっぱここにいたか……」
拓海はゆっくりと渚の側に来る。
「来ないで!」
渚ははっきり言った。
拓海は傷ついた表情を浮かべる。
渚は立ち上がり、拓海と向き合った。
「どうして……黙っていたのよ」
渚の問いかけに、拓海は表情を暗くする。
「私のこと……どうでも良かったの?」
渚は拓海を睨む。
仲が良かった渚に大事なことを伏せられていたことが悲しかった。
拓海は「ごめん」と短く謝る。
「俺だってずっと言おうと思ってた。でもさ……渚の笑顔を見てるとどうしても言えなくなってよ」
「何よ……それ」
渚は怒りで身が震えた。
拓海は一緒にいて安心できるが、優柔不断な部分がある。
拓海の短所が渚を悲しませる形になってしまったのだ。
「それに……」
拓海は下を向き両手を強く握り締めた。
「何よ」
渚は訊ねる。
「俺さ……ずっと前から渚が好きだったんだ」
拓海の言葉に渚は呆然とする。
「……え?」
渚は声を漏らした。
唐突でついていけないからだ。
すると拓海が駆け寄り、渚を抱き締めた。
拓海の体温が渚に伝わってくる。
「お前のことが好きだ」
拓海は渚に言った。
率直な告白に、渚の胸は高鳴り同時に嬉しくも思った。
悲しみを和らげるほどに。
「……私もよ」
渚は答えた。

二人は手を繋いだまま、海岸を見ていた。
「ごめんな渚、大事なことを伏せててよ」
拓海は再度謝った。
「いいよ、拓海くんの気持ち聞けて良かった」
渚は薄っすらと笑う。
離ればなれは寂しくないと言うと嘘にはなるが、二人で過ごせる時間を大切にしたかった。
「私……毎日連絡するよ」
渚は宣言した。
拓海との関係が切れるのは嫌だから。
「学園祭を見にまた戻ってくるよ、渚の作るクレープ食べたいからな」
拓海は言った。
渚は学園祭でクレープを作る係を任された。
「平気なの? ここから距離あるのに」
渚は嬉しい反面、心配でもあった。
「何とかするよ、渚のためならな」
拓海は力強く語る。
拓海の言葉に、渚は頬を赤らめた。

二人は静かな波の音を聞きながら語り合うのだった……

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